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常識を疑え!

発達障害はなぜ誤解されるのか?

香山リカ(医師)

 橋下徹大阪市長が代表をつとめる「大阪維新の会」の市議団が、5月1日に発表した「家庭教育支援条例案」が大きな波紋を広げた。その第15条に「乳幼児期の愛着形成の不足が軽度発達障害またはそれに似た症状を誘発する大きな要因であると指摘され」という個所があったからだ。さらにその第18条には、こうも書かれていた。「わが国の伝統的子育てによって発達障害は予防、防止できるものであり、こうした子育ての知恵を学習する機会を親およびこれから親になる人に提供する」。

 最近は、石原慎太郎東京都知事の尖閣諸島購入発言を支持する人々が20日間で7億円近くの寄付、というニュースを見てもわかるように、より保守色の強い姿勢が支持される傾向が強まっている。市議団の狙いも、おそらく発達障害うんぬんよりも「わが国の伝統的子育ての復活」を強調しようとしたのだろう。とはいえ、そこで子どもの成育環境や親の育児法とはまったく関係ない、脳機能の問題である発達障害を持ち出すのは、あまりにも無知だ。

 飛ぶ鳥を落とす勢いの「大阪維新の会」だが、さすがにこれには全国から保護者、教育者や「親の会」などの団体の抗議が殺到し、市議団は白紙撤回することを約束した。

 この発達障害に関しては、医学的にもまだはっきりしない部分もあり、診断基準や治療指針についても検討が重ねられている。とくに原因に関しては、神経内分泌系の調節障害、神経伝達物質の代謝障害、セロトニン転送遺伝子の異常などが示唆されているが、いまだに決定的な原因が絞りきれていない。また、脳の画像診断の進歩に伴い、障害のある部位を探る研究が進められているが、皮質下・前庭系・網様体賦活系・基底核・小脳などの関連が推定されてはいるものの、これでは部位の特定にはほど遠い。

 こういった状況を受けて、自分の子どもが発達障害と診断された、あるいは乳幼児健診や幼稚園の先生などから「その可能性があるから専門医を受診して」と言われた保護者たちの不安が大きい。私の患者さんでも、子どもが発達障害と診断されたとたん、夫の実家から、「ウチの家系にはそんな子どもはいないから、あなたの家系に問題があるのでは」と責められ、うつ病になった女性がいた。「遺伝子の異常説はありますが、単純に家系内で遺伝するようなものではありません」と説明しても、不安でいっぱいの保護者は「やっぱり遺伝なんですか」とさらにパニックに陥ることもある。

 この状況は、誰が考えても子どもにとってプラスではないことは明らかだろう。いろいろな主張がある専門家たちも、この点に関しては一致した見解を持っている。いかなる場合でも保護者が適切なサポートを受け、安心して「子どもとのかかわりを楽しむこと」、それが子どもの適切な発達のために最も必要なのだ。

 そんな中で「発達障害の原因は愛着形成の不足」などという誤った情報が、たとえその後、撤回されたにしても、一定期間、流れたというのはたいへん深刻な問題だ。人間は「ほら、やっぱり」と一度、思い込んでしまうと、その後、いくら情報の発信者が「私の間違いでした」と否定、撤回しても、そのまま思い込み続ける性質を持っているからだ。これまでもそうやって信じられ続けた誤情報が、いわゆる都市伝説などと呼ばれていくらでも流布している。市議団はこのことを重く受け止め、今後、もしまた家庭教育支援条例案を提案することがあるとするならば、子どもが発達障害であるかどうかにかかわらず、すべての親たちを最大限サポートする体制を作ることに全力を注ぐような案にすべきであろう。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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