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常識を疑え!

うつ病治療にはなぜ誤解が多いのか?

香山リカ(医師)

「先生、申し訳ないけれど病院をかえたいんです。紹介状をお願いします」「日本の精神科って遅れてるんですね。いつになったらアメリカと同じ治療を受けられるんですか」。

 診察室でうつ病の患者さんにこう言われることが増えた。この人たちの多くは、NHKで放映された「ここまで来た!うつ病治療」という番組を見たのだ。

 その番組では、脳血流の画像診断装置(光トポグラフィー)による診断や、脳に直接、反復して磁気刺激を与える治療法などが紹介されていた。これまでうつ病に関しては、どうしても精神科医の「経験とカン」に頼っての診断や薬物投与中心の治療が行われてきたのだが、番組を見た患者さんたちは「私が受けていた診断、治療は古いんだ!」と強烈なショックを受けたようだ。

 光トポグラフィー検査については、すでに日本でも「先進医療」として認められており、特定の施設で実施されている。脳波計に似た装置を頭につけた状態で、言葉を発するという課題を行いながら、脳の活動の様子を画像化していく。それが「正常」「うつ病」「双極性障害(躁うつ病)」「統合失調症」のどのパターンに近いかを判別することで診断をつける。検査前後の準備時間を含めて10~15分程度で完了する簡単な検査だが、実はこれはあくまで「診断の補助」であり、正確な診断にはやはり「夜は眠れますか?」といった問診が必要になる。

 また、反復性磁気刺激法については日本ではまだ臨床研究の段階で、実際の治療法として取り入れている医療機関はない。安全性については確実なようだが、肝心の効果についてのデータがまだ出そろっていないのだ。それにもかかわらず、番組放映後は「ここで実施しているらしい」とされる医療機関に、「なんとかお願いしたい」という連絡が殺到したそうだ。

「この病院は、治療といっても日常生活について話をして、あとは薬だけだから」と転院を申し出た患者さんは、こう言っていた。「“うつ病は心のカゼ”と言われても、わかったようなわからないような気持ちになるだけ。それよりも脳のここのところがこう悪い、とはっきり示してもらいたい。どこが悪いのかもわからないのに、ただ薬づけにされるのも恐怖なんです」。こちらとしては「ただ薬づけ」にしているつもりはないのだが、数字や画像もない中で行われる医療には、どうしても不信感を抱いてしまうのだろう。

 では、これからうつ病治療は、画像診断装置や磁気刺激を使った“脳治療”に移行するのだろうか。しかし、脳波計のような装置や血液検査で15分程度で診断が確定し、「はい、では30分、磁気刺激を行います」と機械的に装置が装着され……となっていったら、患者さんたちのあいだからは再び不安、不満の声も上がるのではないだろうか。

「医者との会話がいっさいないまま、流れ作業的に診断、治療が行われた」「最近の精神科は人間を機械か何かだと思っているのではないか」といった意見が多くなり、今度はNHKで「いっさい機械を使わずに、じっくり話を聴いて診断、治療を行う究極の精神医療」といった番組が放映されるかもしれない。

 もちろん、医療は患者さんのためにあるのだから、そのニーズを十分に聴き取りながらいちばん良い形に持っていくのが、私たち医療者の義務である。マスコミも患者さんのために必要な情報はどんどん伝えるべきだ。とはいえ、そういった情報に振り回され、右往左往しすぎるのは、結局のところ患者さんのプラスにはならないことが多い。「また転院の紹介状ですか? もういっさい薬は使いたくない、ということですね。お気持ちはわかりました。でもあなたの場合……」と薬物療法の必要性などについて説明しながら、精神医療のむずかしさを痛感している。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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