imidas - 情報・知識&オピニオン

連載

常識を疑え!

職場での扇風機の買い占めはなぜ起きるのか?

香山リカ(医師)

 今年の夏のテーマは、ズバリ「節電」だ。東京の地下鉄の駅には「ただいまの電力使用量」が掲示され、どこの店にも「節電対策グッズ」が並んでいる。いったい一日に何度、この「節電」という単語を目にするだろうか。

 会社や学校ではエアコンの使用を控えたり温度設定を上げたりしているところも多いが、一方で「昨年のような猛暑だったら」という不安も大きい。熱中症でバタバタ倒れるところまでは行かなくても、仕事や勉強の効率は大きく落ちてしまいそうだ。

 そんな状況の中、家庭ばかりではなく職場でも扇風機を大量に購入して、各フロアあるいは「ひとりに一台」配るところもあるらしい。かなりの台数の扇風機を回しても、エアコンよりはずっと電力消費量は小さいとのことだ。

 結果的に、家電量販店などでも「扇風機売り切れました」「次の入荷は未定」となっているところが多い。子どもが生まれたばかりの知人も、「探しに行ったけれど、本当に扇風機が店頭にない!」とあせった口調で話していた。

 もちろん扇風機があるとないとではかなりの違いはあるが、それでもエアコンにかわるものではない。閉めきったビルのオフィスで扇風機を回したところで、それほどの効果があるとも思えない。だとしたら、「申し訳程度」の扇風機をなぜそこまで必死になって設置しようとするのだろうか。

 ここにはいくつかの理由がありそうだ。まず、震災直後の水の買占めなどと同じ「不安解消行動」の側面がある。猛暑を控えて「節電」と言われると、それだけで「熱中症で意識を失う人も出るのでは」といった恐怖が押し寄せる。「とにかく何かせずにはいられない」という気分になって、扇風機探しに出かけてしまう。探しているあいだは、「猛暑対策をしているから大丈夫」と不安や恐怖から一時的に目をそらすことができるのだ。

 そして、もうひとつ。経済の見通しも不透明な中、職場では節電以外にも、さまざまな経費節減を打ち出しているだろう。予算が出ずに取りやめになるプロジェクトがあったり、例年の納涼会も「そんな気分じゃない」と中止になったり、どこを見ても滅入るようなことばかりだ。

 そんな中、とにかく扇風機だけは「どんどん買ってよいもの」と言われる。個人で買っても職場で用意しても、誰も「無駄づかい」とは言わない。日ごろの節約、財政削減ムードのストレスを、扇風機をまとめ買いすることで一気に解決しようとしている職場もあるのではないか。

 これは、「甘さひかえめ」「カロリー少なめ」などでストレスがたまっているところに、「シイタケはコレステロールを下げる」といったあやしげな健康情報が流れてくると、必要以上にシイタケを大量購入したくなる心理と同じだ。「なるべく減らして」という生活を続けるのも限度があり、どこかで派手な買い物、無茶食い、パチンコやアルコールなどに走りたくなってしまうのだ。

 まだ「扇風機の買い占め」程度で気がすんでいれば罪は少ないが、この節電ストレスが別の方向に炸裂することはないか、と心配になる。「思う存分、読書を」といった生産的な方向への炸裂ならよいが、クレーマーやギャンブル依存になる、といった方向にタガがはずれないことを願いたい。

 そして、言うまでもないが、不必要なほどの台数の扇風機をそろえ、本当に必要な乳児や高齢者のいる家庭で手に入らない、などといった事態にならないような配慮も必要だろう。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

関連記事

新着記事

imidasの更新情報をお届けします。