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常識を疑え!

大相撲の八百長はなぜ大問題となっているのか?

香山リカ(医師)

 大きな波紋が広がる、大相撲の八百長問題。昔から「あるんでしょ?」というウワサはあり、週刊誌でも何度もこの話題が取り上げられ、訴訟問題にまで発展したこともあった。

 なので、このスキャンダルじたいに対しては、「青天の霹靂(へきれき)」といった相撲協会の反応とは逆に、街頭アンケートでは「やっぱりね」というクールな反応も多い。

 もし本当に「やっぱりね」なら、あまり大きな問題にする必要もないのでは、という考えもあろう。しかし、ウワサのレベルで言われているのと、今回のようにはっきりした証拠が出て、当事者たちもそれを認めているのとでは、やはり事の次元が違う。

 今回、八百長問題は単独で発覚したのではない、というのも大きい。直接のきっかけは野球賭博問題の調査だが、その前にも、弟子への暴行事件、力士の薬物汚染問題、そして朝青龍の一連の問題と引退と、ここ数年の大相撲はまさにスキャンダル続きだ。

 しかも、さらに問題なのは、肝心の土俵に盛り上がりがないこと。新たなスター力士がなかなか現れず、新弟子の数も減る一方。白鵬の快進撃以外、明るい話題も見当たらない。

 では、私たちは相撲の世界に何を求めているのか。オリンピックのようなスポーツマンシップや、斎藤佑樹投手のような社会性や倫理観なのか。実は、それも違うと思う。

 日本人は、なんだかんだと言っても相撲好き。スポーツとしてだけではなく、ひとつの文化として相撲を愛している。空港や駅でも、おおきなからだを和服で包んだ力士がいれば、たとえ名前は知らなくても、「あ、お相撲さんだ」と振り返る人は多い。記念撮影や握手を求める家族連れもいる。

 力士は、私たちの日常とは違う、特殊な世界に暮らす人だ。だから、力士を見たり巡業や本場所に出かけたりするだけで、私たちもいつもと違う特別な気分になることができる。私たちは相撲に自分の人生や生活にはない、非日常感を味あわせてもらいたいと、どこかで願っているのだ。

「誘惑に負けて薬物に手を出す」とか「給料の高い十両になんとかとどまるために八百長をする」というのは、非日常世界のできごとではなく、俗世間に属することだ。「なんだ、人事評価に有利になるように上司にお歳暮をわたす自分たちの世界とそう変わりないのか」と力士たちの持つ世俗的な面を見せられると、私たちはがっかりしてしまう。力士だけは、私たちとは違う世界で生きていてほしい、というファンタジーが崩れてしまうからだ。

 相撲協会は、むずかしい選択を迫られている。すべてを明るみに出して、自分たちはファンタジーの世界にとどまるのをやめて、ベールをはいで透明性を高め、ほかのスポーツあるいはエンターテインメントと同じ次元の存在になるか。または、たとえ“黒い疑惑”は全面的に晴れなかったとしても、国民のファンタジーを担うという機能を守り、「これ以上は立ち入り御免」とある意味で開き直るか。

 最近の流行語である「コンプライアンス」などを考えると、後者の選択をして世間から許される可能性は低いが、だからといって「これからは相撲も情報開示、成績評価の基準も明文化します」といった方向に進むのはもっと危険な気がする。

「自分たちの問題は自分たちでなんとかするから、あとは信頼して土俵での勝負を見に来てほしい」と、ズバリ宣言できる親方なり力士なりはいないものか。相撲を地べたに引きずり下ろし、身ぐるみはいで「こうだったのか」と確認しても、その先には何も残らないと思うのだが、どうだろう。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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