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常識を疑え!

閉店セールはなぜにぎわうのか?

香山リカ(医師)

 東京・有楽町の西武百貨店も年末、ついに閉店を迎えた。赤坂プリンスホテル(赤プリ)も今春、取り壊しが決まっている。いずれも経済が絶好調だった時代の象徴と言われ、その終焉(しゅうえん)を惜しむ声も多い。西武の閉店セールには、連日、多くの人が押しかけた。

 こういう話題が出るたびに、誰もがつぶやく。「終わることが決まってここまで惜しむなら、もっと前から行けばよかったじゃないか…」。たしか大阪・道頓堀の“食いだおれ人形”で有名な食堂が閉店するときも、同様のことが起きたはず。ほかにも「あの店もそうだった」といった話はいくらでもある。

 心理学では、「なくなると決まると急に惜しくなる」という人間の心理を、「閉店時刻効果」と呼んでいる。そこにあるのがあたりまえ、というときには、それほど関心もなかったものが、「いつまででおしまい」と期限が決まったとたん、たまらなく魅力的に見えてくる。そして、「まだ続けて」と惜しむ気持ちになってきて、存続を願ったり買い物などに訪れたりするのだ。

 これは、店やホテルだけではなくて、人づき合いでも同じこと。生別でも死別でも、「失ってはじめて、得がたい人であったことに気づいた」というのは、私たちの人生でいくらでも起こりうることだ。

 だとしたら、その店なり人なりがあたりまえのようにそこに存在しているときから、そのありがたみを感じて、それをもっと大切にするべきだ。ところが、それができないのが、また人間。だからこそ、閉店セールはどこでもかくもにぎわう、というわけだ。

 では、そんな私たちに、日ごろから何かできることはあるのだろうか。いつも「もし、あの人に会えなくなったとしたら」と想像するのはむずかしいにしても、「けんかしたりうっとうしくなったりすることもあるが、それもいてくれるからこそなのだ」ということくらい自覚して、もう少し身の回りの人やモノ、店やホテルなどに愛着を感じることはできないものだろうか。

 おそらくそれはむずかしいだろうが、「赤プリ取り壊しへ」といったニュースを目にしたときに、「私にとって大切なもの、失ったら寂しいものは何だろう」と生活をちょっと再点検してみる、というのはよいかもしれない。ブログを書いている人は、以前の記事を読み返し、「そうそう、このレストランに行ったよね。ここがなくなったとしたら…」と思いを馳せてみるのも効果的。このように何か現実の中にきっかけがないと、なかなか空想にリアリティーを感じられないのも、私たち人間の特徴だ。

 話はやや変わるが、自民党の政治家たちも同じ思いなのではないだろうか。政権を失うことになってはじめて、「そうか、野党になるというのはこんなにもたいへんなことだったのか。だとしたら、もう少し考えて政権運営をしておけばよかった」と悔やんでいる閣僚経験者も少なくないと思う。

 閉店が決まってから、あわてて「もっと続けて」と望んでももう遅い。もちろん、自分の人生にもなるべくそんなことが起こらないようにしたい。さらには、次にその思いを味わうのはいま政権を担っている民主党、などということにならないよう、2011年は真剣にしっかりとこの国を立て直してもらいたいものだ。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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