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常識を疑え!

時の流れはなぜ速いのか?

香山リカ(医師)

 哲学的な話をしたいわけではない。現実的な話だ。

 先ごろ、恒例の「今年の漢字」として「暑」が選ばれた、と発表されたが、ピンと来なかった人もいるのではないだろうか。そう、あの歴史的な猛暑もすでに“過去の話”になりつつあり、つい数カ月前のことだったとはとても思えない。そう感じている人が少なくないはずだ。

 それどころか、北朝鮮と韓国の砲撃戦は11月後半だったはず、と言うと、まわりの学生たちはいっせいに「え、もう半年も前じゃなかったでしたっけ」などと驚きの声をあげた。よく「時間の経過は、年齢が高くなればなるほど速くなる」と言われるが、学生にとっても十分に時の流れは速いようなのだ。

 これはやはり、年齢のせいではなくて、いまの時代状況が関係しているのだろう。

 もちろん、社会が安定し、経済が上向き、あるいは個人が絶好調のときも、時間の流れはそれなりに速く感じられるはず。しかし、精神病理学者の木村敏氏が、躁病者の体験する時間感覚を「イントラ・フェストゥム(祭りのさなか)」と表現したように、調子のよいとき、忙しいときはむしろ時間は止まったように思えることも多い。一連の流れが一段落して、はじめて「あ、もう1年たったのか」と時間を意識する、ということもあるだろう。

 いまの状況はそれとは違う。ただ、木村氏がうつ病の時間を指して言った「ポスト・フェストゥム(祭りのあと)」という感覚とも違う気がする。この“うつ病時間”では、「すべてはもう終わってしまった」と過ぎ去った時間ばかりに意識が向かうのだが、いまの社会をおおっている時間感覚はそれではない。

 やれ芸能界がこうなった、やれスポーツの世界でこんな記録が、株価や円が上がった下がったなどと日々、動いているものに関心は向かっている。ただ、そこに自分が参加している、という実感を得ることはむずかしい。なんだか、すべては自分とは無関係に動き、過ぎ去っていくだけ、自分はそれを呆然と眺めているだけ、という感じに陥っている人もいるのではないだろうか。

「すべては終わってしまった」がうつ病的な時間なら、「過ぎて行く時間をただ眺めているだけ」は何に相当するのか。あえて精神医学的に言うなら、トラウマの後遺症などとして起こる離人症性障害の時間感覚に似ている。「周囲に現実感を感じられない」という彼らにとっては、過ぎ行く時間もどこか他人事。時はあっという間に過ぎたようにも、いつまでたってもトラウマを受けたときのままのようにも感じられる。いずれにしても、そこにあるのは「もう私には関係ない」という疎外感。

 ある意味で、これはうつ病よりさらにたちが悪いかもしれない。もうどうでもいいや、という自暴自棄な心理状態にもつながりかねない。

 個人の努力でこの離人症状態を脱出するのはむずかしいが、「これではいけない」と意識するだけでも違うはず。とくに最近は社会全体にとってはあまり関係のない芸能ニュースがメディアを占拠しており、「私には関係ない」と横目で眺める人がますます増えていると思われるが、せめて自分の生活に少しでも関係のありそうな事件、ニュースは自分でキャッチし、積極的に考えてみるようにすること。「そんなの関係ねえ」はちょっと前の流行語だが、時間に対してそんな感覚になるようでは、心は赤信号の点滅状態。気をつけたいものだ。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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