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常識を疑え!

自殺と貧困はなぜなくならないのか?

香山リカ(医師)

「自殺と貧困から見えてくる日本」。3月10日、そう銘打たれたシンポジウムに出席した。主催は「反貧困ネットワーク」と「自殺対策支援センター・ライフリンク」だ。前者の事務局長は湯浅誠さん、後者の代表は清水康之さん、いずれも新政権で内閣府参与に任命された30代から40代初めの市民活動家で、社会から大きな注目を集めている“希望の星”だ。会を運営したのは若い世代を中心としたボランティアスタッフで、企画、広報から当日の設営、受付やアンケート回収に、と文字通り汗水たらしながら走り回っていた。

 会場には、鳩山総理大臣、長妻大臣、福島大臣もやって来てスピーチをした。大臣が来ることがすばらしい、と言うつもりはないのだが、新政権が「貧困と自殺」の問題に真剣に取り組もうとしていることは伝わってきた。とくに鳩山総理は、かつて『自殺って言えなかった。』(自死遺児編集委員会・あしなが育英会編 サンマーク文庫 2005年)という自死遺族たちの苦しみ、悲しみを書いた本に出合って衝撃を受け、政治家としてこの問題に取り組もうと思った、などと原稿も見ずに自分の言葉で語り、会場からも大きな拍手を浴びていた。

 このシンポジウムに参加して私自身もいろいろ思うところはあったが、中でも印象的だったのが、スタッフと大臣たちの服装があまりにも対照的だったことだ。

「え、服装?」と不謹慎に思われるかもしれないが、ちょっと説明させてほしい。ボランティアスタッフたちは、若いとは言っても学生ばかりではなく、30代、40代、あるいはもっと上の人もいたようだ。彼らのほとんどは、Tシャツ、トレーナーかせいぜいカラーシャツ、“スーツにネクタイ”の人はひとりも目にしなかった。値踏みするのはよくないが、“カジュアルに見えて実は高額なブランド”といった人もいない。長髪やボサボサ頭の人もいた。湯浅さん、清水さんも同様だ。

 一方の総理や大臣は、あたりまえとはいえ堅いスーツ姿。彼らを囲むSPたちは、もっとピシっとしている。もちろん、髪形もきちんと整えられていた。

 スタッフと大臣一行では、ちょっと見ると“学生と教授”あるいは“子どもとおとな”といった印象だ。

 私は何もここで、「大臣が来る場にTシャツとは失礼な!」とスタッフを非難したいわけではない。このまったく対照的な服装の彼らこそが、日本でいま、貧困や自殺の問題を真剣になんとかしよう、としている人たちなのだ、ということが興味深かったのだ。もっと具体的に言えば、当事者、市民活動家、学生やフリーターと、そして国の中枢にいるようなセレブ系のエリート。この2パターンということだ。

 ここでさらに問題なのは、その場にそれ以外の人たちがほとんどいない、ということだ。つまり、丸の内や大手町、あるいは六本木を闊歩(かっぽ)するような外資系ビジネスパーソンやIT起業家、国際的な活躍の文化人、といったソフトだけれどきちんとしたスーツとか、ドレスダウンされているが最先端のおしゃれとか、そういった人たちがすっぽりと抜けている。

 おそらくそういう人たちは、貧困や自殺の問題にはほとんど関心がないか、あったとしてもそれは自己責任だと思っているのではないか。あるいは自分のキャリアアップや年収アップ、子どものお受験などで他人にまでかかわっていられない、というのが実情なのかもしれない。

 このように、弱者と呼ばれる人のために考えよう、動こうとする人が、“若者と総理大臣”に象徴されるように二極化していることこそが、この問題がなかなか解決しない本当の理由なのではないだろうか。人数も多く経済的余裕も人脈もあるような若手のビジネスパーソンたちが、「これは他人事ではない」と真剣に考え、弱い人たちのために動いてくれれば、社会はかなり変わるはずなのだが。

「これからルーマニア大統領の晩餐会(ばんさんかい)なんです、すみません」と何度も頭を下げて会の冒頭で退席した鳩山総理を見ながら、「晩餐会に行く人と学生やフリーター以外の人も、貧困と自殺のことを考えてほしいのに」と思ったのだった。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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