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常識を疑え!

母親はなぜわが子を虐待するのか?

香山リカ(医師)

 また悲惨な幼児虐待事件が起きた。多くの虐待は、妻の再婚相手や恋人、つまり子どもにとっては血縁のない男性によって行われるが、最近、奈良県で起きた死亡事件には、実の母親も関係していた。

 テレビのコメンテーターたちは、「許しがたい」「信じられない」と繰り返す。もちろんそれはあたりまえのことだが、「許せない」と言ったからといって、何か解決の糸口が見えるわけはではない。「母親たる自覚を忘れずに」などと“説教”して虐待がなくなるくらいなら、こんなに簡単なことはないはずだ。

 ここであえて言おう、世のほとんどの母親たちは、なぜわが子を虐待せずにすむのだろう。自分の時間とエネルギーを奪い、次々に自分を困らせるようなことをする子どもに、キレたりいやになったりせずに、辛抱強く養育できるのはどうしてなのだろうか。

 ほとんどの人たちは、「それは母親だから」と答えるだろう。「母親には、血がつながったわが子を本能的に愛する性質、つまり母性本能が備わっているんだよ。動物の親だってそうだろう。あれと同じだ」

 しかし、多くの研究が、人間の女性には、母性本能と呼べるような強くて自然な愛情が備わっているわけではない、ということを証明している。もちろん、小さくて無力で愛らしい存在を見て「かわいい、守ってあげたい」という気持ちは持つが、それは“血のつながったわが子”“腹を痛めたわが子”に対してだけ、選別的にわいてくるものでもない。

 あくまで頭で「私の子どもなんだから、がんばって育てなきゃ」と理性的に考えて、意志の力で育児にとりかかっているのだ。だからもちろん、直接は血縁のない子どもでも、その意志さえあれば、たくさんの愛情を注いで育てることもできる。原則的には、母親でなくても父親でもほかの大人でも、その気になれば子育ては可能なはずだ。

 ところが、いまだに「母性本能はすべての女性に備わっているもの」「育児は母親の責任」という価値観が、あまりに根強く社会に存在している。その中で、少しでも「私はどう考えても子育てに向いてない」「どうしても子どもの身勝手さに耐えられない」などと口に出すと、まさに人間失格のように思われてしまう。だから、ますます誰にも相談できず、「母性がない私ってダメな人間だ」と自分を責め、さらに育児が負担になる…という悪循環が生じてしまうのだ。

 母性本能なんて幻想なんだ。だから、育児が苦手なときは、誰かに頼ったり助けを求めたりしてもいいんだ。母親たちがそう思って「育児は母親の責任」というプレッシャーから解放されれば、それだけでも少なくとも「ストレス→孤立→さらなるストレス→虐待」というループは断ち切ることができると思う。

 もちろん、その母親である女性のいちばん近くにいる夫やまわりの人たちの理解も不可欠だ。「おまえ、仮にも母親なんだから、つらいなんて言わずに子育てしろよ」といった夫の理解のないひとことが、どんなに妻を落ち込ませ、苦しめているか。たいへんな子育てを分担して受け持つか、せめて「子育てが不得意」という女性もいるということを理解し、「誰かに頼るか相談に行くかしたほうがいいんじゃない?」とすすめてあげる必要があるだろう。

 診察室にも「誰にも言えないけれど」と前置きしながら、育児が苦手、子どもがかわいいと思えない、という女性たちが、駆け込むようにして相談に来る。そしてその多くは、「そういうことだってありますよ。女性なら誰にでも母性本能がある、なんて俗説なんですから」と言うだけでほっとして、「じゃ、またボチボチやってみます」と育児の現場に戻っていく。「母親なら誰もが子どもを無条件に愛するもの」という幻想から私たちが脱出しないかぎり、虐待もなくならないだろう。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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