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常識を疑え!

うつ病の先生がなぜ増えたのか?

香山リカ(医師)

 文部科学省のまとめによると、うつ病などの心の病で2008年度に休職した全国の公立学校教員は、前年度より405人増え、5000人を超えたそうだ。この数は過去最悪で、調査が始まった1979年度から16年連続の増加。全体の病気休職の中で、心の病は6割を占めているという。

 もちろん、今は一般企業でもうつ病による休職者の増加が大きな問題となってはいるが、文科省の別の調査によると、うつ病の症状を訴える教員の割合は一般企業の2.5倍にも上っているそうだ。どの職場もたいへんだが、教育の現場のストレスはさらに高い、と言ってもよいのではないだろうか。

 では、なぜそのような事態になっているのか。私の診察室にもときどき学校の先生がやって来るが、その人たちの話を聞いていると、とにかく業務量が昔に比べて格段に増えているそうだ。従来の科目に加えて英語があったり、金融教育だキャリア教育だと、これまでまったく知らなかったことも教えなければならない。さらに、報告書などの書類の量も年々、増えている。

 子どもたちどうしの暴力やいじめも深刻だ。しかも、いじめも携帯電話の“学校裏サイト”を使った中傷などますます見えにくくなっているので、教員が気づくのもむずかしくなっているという。校長などの管理職からは、「いじめが事件につながらないように、十分注意して」と再三、言われるが、子どもたちを疑いすぎるのも、信頼関係にひびが入る結果になる。

 そして、子どもたちに対して以上に気をつかうのが、保護者への対応。ささいなことでクレームをつけてきたり理不尽な要求をしてきたりするいわゆるモンスターペアレントもいる。子どもをちょっと強く注意すると「ハラスメントだ」と抗議されるし、少々のことは放っておくと今度は「無責任教師だ」と言われる。

 ある先生は、子どもたちに「友だちに年賀状を出したいから住所録を作って」とせがまれたのでそうしたら、親たちから「個人情報を許可なく公開するとは」「もしこの住所録が元で事件が起きたら責任を取ってくれるのか」と激しいクレームが押し寄せ、それがきっかけでうつ状態に陥ってしまった。「子どもたちのためによかれと思って」といった動機の部分は、まったく理解されなかったのだ。

 このように、今では現場の先生たちが自分の判断でできることが、どんどん少なくなってきている。先生たちは校長などの管理職や保護者、場合によっては子どもの同意や許可を得てからでなければ、やりたいこともできない状態なのだ。

「好きなようにやっていいからもっとがんばれ、と言われれば、それなりに自分も工夫して授業やクラス運営をしたいのですが」と、ある先生はすっかり自信を失った顔つきで語った。「勝手な判断でやるな、何ごとも上や保護者に話して納得してもらってから、と言われると、なんだかやる気もなくなっちゃうんですよね」

 うつ病で休職中の別の教師も、「教育学部に進む学生で、子どもが嫌いな人はいない」と言っていた。それなりに夢や熱意を持って教師になるのだが、その先に待っているのは理想とはまったく違う世界。そこで次第に委縮していき、ついには「結局、自分でやれることなんて何もないんだ」と虚無感、絶望感にかられてうつ状態になってしまう。

 もちろん、何でも勝手にやればいい、というわけではないが、もう少し現場の先生たちの裁量にまかせ、管理職も保護者もそれを信じて見守る、という姿勢があってもよいと思うのだがどうなのだろう。うつ病で休職する先生が増えれば、いちばん被害をこうむるのは子どもたちだ。それを忘れないようにしたい。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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