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常識を疑え!

デフレはなぜ人々の心理を冷やすのか?

香山リカ(医師)

 政府が「デフレ」を宣言。経済への悪影響に対する危機感を強めている。

 言うまでもないことだが、デフレでは商品やサービスの価格は下落。一般消費者にとっては悪くない話のようにも思えるが、もっと大きな視点から経済を眺めた場合、深刻な問題が起きる危険性があるという。

 これまた説明するまでもないが、大幅な物価下落により結果的に企業の売上高は減少、経営が苦しくなった企業がリストラや給料ダウンを加速すれば、人々の生活はさらに苦しくなる。そうすると当然、商品も売れなくなるので、企業はますます価格を下げるしかない。そしてその結果…ということで、価格ダウンが結果的に景気の悪化を呼び、それがさらに価格をダウンさせ、という終わりのない“いたちごっこ”が始まる。これがデフレスパイラルだ。

「終わりのない」とは言ったが、あるところまで行けば「これ以上、下げられない」「これ以上、買えない」という膠着点(こうちゃくてん)がやって来る。こうなると、経済は完全に破綻してしまうことになる。

 ここでも問題になるのは、人々の心理。つまり、価格が下落したのをこれ幸いと考え、人々の消費欲がどんどんアップすれば、必ずしも景気の悪化には直結しないはずだ。利ざやはほんのわずかでも、「薄利多売」の状態でしばらくは切り抜けられる。しかし、デフレになって企業業績が悪化すると、まだリストラや給与ダウンが始まる前から、消費者心理は冷え込んでしまう。実際に、政府がデフレを発表した当日、東証株価は大幅ダウン、これは「投資家心理の冷え込み」と説明されていた。「ああ、もうダメだ」と不安を先取りして、行動が起こせなくなってしまうのだ。

 臨床の場面では、こういった先取りされる不安のことを「予期不安」と言う。たとえば、一度、電車の中で気分が悪くなった体験をした人は、次に電車に乗るときも「またあの日みたいになるのかな」と予期不安を抱く。すると、その予期不安が緊張を高め、結果的には気分が悪くなったりめまいがしたりしてしまう。

 そこで本人は「ほら、やっぱり私は電車に弱い体質になったのだ」と確認するが、本当はそうではない。その人の症状を引き起こしたのは、実際の体質の変化ではなくて実は目に見えない予期不安である場合がほとんどだ。

 このように予期不安は、そうならなくてもすむ人を、本格的な恐怖症やうつ状態に追い込んでいくこともある。治療のためには、症状を取り除く以前に、まずは「このあいだの不調はまったくの偶然ですよ。二度、三度と続くことなんてありません」と励まして、予期不安から解放することが必要になる。

 デフレスパイラルの原動力になるのも、実はこの予期不安なのではないか。「えー、こんなに安くていいの?これって企業はほとんどもうからないんじゃない?ということは夫の給料もそのうち…」と不安を抱くことで、せっかくのお買い得商品を買うのを控えてしまう。それが結果的には、「安いのに売り上げダウン」という状況を生んでしまうわけだ。

 私たち一生活者としては、ここはあえて大局的な視点に立たないようにして、「おー、このセーターが800円?よし、2枚いっぺんに買おう!」「100円のハンバーガーとはお得な。じゃサラダもつけるか」と、価格ダウンをおおいにエンジョイするくらいのシンプルな気持ちでいたほうがいいのではないか。

 予期不安がデフレスパイラルをさらに加速させる一方、「安いんだからジャンジャン買えばいいじゃない」というある意味の“鈍感力”こそが、景気悪化を防ぐ鍵のような気がする。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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