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常識を疑え!

うつ病での自殺はなぜ起きるのか?

香山リカ(医師)

 音楽プロデューサーの加藤和彦氏が自殺し、広い世代に衝撃を与えた。

 フォーク時代から最先端のロック時代、そしてポップスから映画音楽までをこなしたプロデューサー時代。同じ団塊の世代から20代までの音楽好きに“トノバン”という愛称で親しまれた加藤氏は、六本木に住み続け、東京の街や文化をこよなく愛す粋人でもあった。私もその著書『優雅な生活』を読み、ワインやこだわりの美術品や洋服、華やかな友人に囲まれて暮らす生活のあまりの“優雅ぶり”に仰天したことがあった。

 そんな加藤氏だが、ここ数年はうつ病に悩んでいたという。フォーク時代からの盟友、精神科医でもある北山修氏の紹介で精神科にも通っていた、と報じられた。

 うつ病では、なぜ「死にたい」という気持ちが起きるのか。うつ病はいま、脳科学でそのメカニズムが解明されつつあるが、この自殺衝動についてはまだわからないことが多い。薬の開発のためなどに“うつ病ラット”を作っても、動物の場合は自殺願望や衝動は現れないのだ。

 こう言うと、自殺願望は人間だけが持ちうる高級な思考や感情の現れか、と感じる人もいるかもしれないが、うつ病の場合はこれは本人の意思というより「症状」と考えたほうがよいだろう。

 治療の結果、うつ病が改善した患者さんたちはよく口にする。「病気がひどいときは、とにかく毎日、死にたいということばかり考えていました。いったいどうしてあんな心境だったのか、今となってはさっぱりわからないんですよ」

 そういう患者さんには、それは風邪を引くと熱が出るのと同じような一種のからだの反応であること、「どうしてあんな気持ちになったのか」とその理由や意味を考えてもわからないし、そうする必要もないことを説明する。「風邪が治ったあとになぜ高熱が出たのか、と考える人はいないでしょう。それと同じですよ」と言うと、ほとんどの人は納得してくれる。

 では、いま実際にうつ病の状態にあり、「死にたい」という症状が出現している人は、どうすればよいのか。その人たちにも、「それは症状なのだ」と説明することが有効な場合もある。「いいですか、信じられないかもしれませんが、それはあなたの本心ではないのです。治療をすればすーっと消えていきますから、なんとかそれを信じて、衝動を実行に移さないように約束してください」と。そういう気持ちになったら、「これは症状、症状」とつぶやくことで乗り越えられた、という人もいた。

 ただ、中にはいくら自分にそう言い聞かせても、「いや、これは症状なんかじゃない。私の本当の気持ちなのだ」と思ってしまうことがある。そういうときには、緊急避難的に入院したほうがよい。病院にいれば100%安心というわけではないが、家よりは周囲の目も多く、自分でも「これは実行はムリだな」と計画を断念しやすくなる。

 また、「死にたい」という症状が出ているうつ病者の家族は、どう対応すればよいのだろう。動揺して「私のために思いとどまって」などと情に訴えようとすると、本人はますます不安に陥ることがある。ここは冷静に、「そういう気持ちになっていることはわかったけれど、とにかく実行はしないと約束して」「それでもどうしても、という気持がわいてきたら私に必ず話して」ときちんと伝えるのがよい。うつ病の人の多くはまじめなので、一度、約束したことを破るのはいけない、と思って歯止めがかかることも少なくない。

 もちろん、いろいろな方策を練ってもこの“症状”を抑えられず、実行を止められない場合もある。しかし、打つ手はまだあるはずだ。他人事と思わずに考えたい。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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