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常識を疑え!

「秘境駅」探訪がなぜブームなのか?

香山リカ(医師)

 新聞で「秘境駅」という耳慣れない単語を見つけた。人里離れた奥地にあり、乗降客もほとんどいない駅を「秘境駅」と名づけインターネットで紹介するサイトがきっかけとなり、その人気が高まっているのだという。仕掛け人となったサイトの運営者である会社員は、「秘境駅巡りを通し、忙しい日常の中で忘れてしまいがちな大切なものにも気づくはず」と話しているという。

 そういえば最近、「鉄女」「鉄子」と呼ばれる鉄道ファンの女性も増えており、廃線の危機に瀕(ひん)している路線に乗ろうと、過疎地にまでひとりで出かける人も少なくないと聞いた。

 いずれにしても、キーワードになっているのは、「何もない」と「誰もいない」。そして、それが「癒し」につながる、というのも共通しているように思う。

 たしかに、毎日、時間に追われて満員電車に詰め込まれて通勤している都会の人々にとって、誰もいない駅やほとんど乗客のいない車両というのは、あまりに不思議な存在に見えるだろう。駅にはいつもの改札があり、車両の作りは自分が日ごろ乗っている電車とそう変わりないのに、そこに人だけがいない、というのもまたミステリアスだ。

 それにしても、「何もなく、誰もいない」ところに「癒し」を感じる、というのは、いったいどんな心理に基づいているのだろう。現代社会には、遊園地、スポーツ施設、演劇にコンサートなどなど、お金と人手をかけたエンターテインメントがあふれ返っている。そういった空間でひととき現実を忘れ、気持ちが解放されてストレスを発散、というタイプの「癒し」もある。

 ところが、そういった「エンターテインメント型の癒し」では、常にサービスの与え手がいたり、自分のまわりにも人がいたりする。日ごろ、会社や地域で対人関係やコミュニケーションに疲れきっている人にとっては、そうやってまわりの人たちといっしょに誰かによって与えられる「癒し」は、それはそれでまた新たなストレス源になる可能性もある。

 一方、「秘境駅」や「廃線寸前路線」は、誰かによって用意されたエンターテインメントではない。与え手に「おもしろかったよ、ありがとう」と作り笑顔でお礼を言う必要もなければ、まわりの人たちの顔色を見て自分の反応を決めたりする必要もない。「なんだ、こんなところなのか」とがっかりしたければそういう顔をすればよいし、「わあ、すばらしいところだな」と思えば素直にそれを顔に出してよい。そういうコミュニケーションなしの空間でこそはじめて癒された気分になれる、という人も最近は少なくないのではないか。

 それに、本当のジャングルの奥地などの秘境とは違って、「秘境駅」はあくまで鉄道の路線の途中にある。やがてやって来る電車に乗れば、ちゃんと自分がやって来た場所へ“帰還”できる。それも安心の材料になっているのだろう。

 そういえば、すでに使われなくなった建物を訪ねたり写真を見たりする「廃虚ブーム」もいまだに続いているようだ。お金をかけて用意されたものでもなく、かといって完全な自然の一部ではない、どこかで私たちの生活ともつながっている人工的な建造物や交通機関に「癒し」を求める人は、これからもっと増えそうな気がする。

 そのうち、病気でもないのに病院の病室に泊まりたい、などという人も現れるのではないか。それだけ日常での人づきあい、コミュニケーションに疲れきっている人が増えているのだとしたらあまり喜ばしい傾向とはいえないが、「秘境駅ブーム」はそんな現代人のひとつの自衛策なのかもしれない。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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