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なぜ鉄のフライパンはサビるのか?

内田麻理香(サイエンスライター/サイエンスコミュニケーター)

 お料理の中でやっかいものといえば、「サビ」でしょう。さあ、料理しようと取り出した鉄のフライパンがサビていたら、それだけでやる気激減……。そこで今回は、扱いが面倒といわれる鉄のフライパンを使いこなすために「サビ」を科学してみましょう。まずは「サビ」の化学式をお見せしたいのですが、実は鉄のサビの成分は多種多様で簡単には表すことはできません。しかし、ここでは単純化していくつか見ていくことにします。

 まず、「サビ」といえば、赤サビを思い浮かべますよね。これは、酸化鉄(III)(さんかてつさん、三酸化二鉄とも呼ぶ)という成分でFe2O3と表します。このサビは粘着性に乏しいので、すぐにポロポロとはがれてしまいます。はがれやすいので、どんどんサビが進行してしまいます。しかし、プロが使う中華鍋は、使い始めに「空焼き」という作業をするので赤サビとは無縁。実は「空焼き」は、わざわざ「サビ(酸化物)の膜」を作っているのです。ここでできたサビは赤サビとは違う成分で、四酸化三鉄と呼ばれ、Fe3O4と表します。これは別名黒サビです。黒サビは、膜となってはがれず丈夫なため、これ以上サビません。つまり、黒サビが、赤サビになるのを防いでくれているのです。しかし、空焼きだけではまだ不十分で、「油をなじませる」作業も必要です。炭素が含まれた鉄は油なじみが良い物質であるため、クズ野菜を炒めたり、揚げ物をすることで鍋肌に油の膜を作ることができます。そしてこの油の膜が、鍋を赤サビから守っているのです。

 ところで、「油をなじませた鉄のフライパンは絶対に洗剤で洗ってはいけない」という話を耳にしたことがありませんか?これは、洗剤で洗ってしまうと、せっかくできた油の膜がとれてしまうからです。しかし、中華料理のプロの中には、洗剤で洗うという人もいるようです。なぜかというと、プロの料理人の鍋には単なる油の膜ではなく、「油脂が重合した」膜があるから。つまり、油の分子一つ一つがつながって、油とは別物の状態になっているということです。

 身近な例をあげると、換気扇やレンジ周りに張り付いてしまった油が分かりやすいかもしれません。これは、油が重合して「粘り」が強くなってしまった状態です。ドロっとなって掃除が大変なことと、中華鍋に「重合した油」が張り付いたことは実は同じ原理です。ですから、洗剤で洗っても簡単にはとれないのです。ちなみに、重合した油の膜を作るコツは高温になるまで加熱しておくことです。つまり、プロの料理人は、料理のたびに鍋をサビから守る丈夫な油の膜を作っているのです。

 では、サビないことで人気のステンレスはどうでしょうか?そもそも「ステンレス(stainless)」は、サビなどの汚れ(stain)がない(less)という意味で、鉄とクロムなどの合金でできています。ステンレスがサビにくいのは、酸化したクロムが「不動態」と呼ばれる「酸化皮膜」を表面に作っているからです。また、軽くて扱いやすい素材であるアルミニウムも本来は、いろいろなものと反応しやすい不安定な物質です。しかし、普通に使っている限りサビにくい理由は、表面にうすい酸化皮膜を作っているからです。ちなみに、アルミホイルがサビないのもアルミホイルの表面を酸化皮膜が覆っているからです。さらに余談ですが、アルミニウムをさらにサビにくくするために、人工的に酸化物の膜を作ったものを「アルマイト」といい、実はルビーやサファイアの成分でもあります。

 このように「黒サビ」、「油の重合」、「酸化皮膜」が赤サビから鍋を守っているということを理解すれば、普段は面倒だと思っていた鉄の鍋も身近に感じられますよね。せっかくの機会ですから、家で眠っている鉄のフライパンを久しぶりに使って科学してみるのはいかがですか。

著者情報

サイエンスライター/サイエンスコミュニケーター

内田麻理香

うちだ まりか

1974年千葉県生まれ。東京大学工学部、同大学院修士課程修了。科学の視点で生活を分析するサイト「カソウケン(家庭科学総合研究 所)」主宰。東京大学工学部広報室特任研究員を経て、現在、テレビ、ラジオ、新聞を通して「生活の中の科学」を分かりやすく紹介するサイエンスコミュニケーションにたずさわっている。主な著書に『科学との正しい付き合い方』(2010年、ディスカヴァー・トゥエンティワン)など。

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