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なぜ梅酒作りには氷砂糖を使うのか?

内田麻理香(サイエンスライター/サイエンスコミュニケーター)

 梅酒を手作りしたことはあるでしょうか? もうすぐやってくる「梅雨」というのは梅の実がなる時期の雨という意味。ですから、梅雨は梅酒の季節でもあります。手間はかかりますが、自宅で作る梅酒は格別の味です。梅酒作りによく使われる材料は、梅と砂糖とホワイトリカー(甲類焼酎)です。梅酒に限らず、果実酒には砂糖を入れますが、その際には上白糖や三温糖などの粉状の砂糖を使わず、氷砂糖を使います。その理由について、「浸透」というキーワードで科学してみましょう。

 水溶液の中で濃度に差があると、濃度の大きい部分から濃度の小さい部分へと移動し、溶液内の全体を均一な濃度にしようとする現象が起こります。これを「浸透」といいます。コーヒーに砂糖の固まりを入れると溶けていくのを想像してみてください。砂糖を入れた瞬間は、部分的に濃度差が生まれています。しかし、時間がたつにつれ、砂糖はコーヒー全体に溶けていき、甘さが均一になっていきますよね。これも濃度差を同じにしようとする働きです。

 浸透は砂糖にだけ起こる現象ではありません。キュウリに塩をふると、キュウリの内部から水分が引き出されていきますが、これもキュウリの表面と内部の塩の濃度差を均一にしようとする浸透の働きです。浸透は、料理では有効に利用されています。キュウリの塩もみや魚を焼く前に塩をふるのも、余分な水分を抜くことでうまみを凝縮させるためです。

 話は梅酒に戻りますが、ここで氷砂糖よりも粉状の砂糖を使ったほうが、リカー(お酒)に溶けやすいし、梅の実に接する面積が広くなるのではないか……、そのほうが梅の実の水分が早く外に出て、効率よく梅酒ができるのではないか……、という疑問がわきませんか?

 実は梅酒作りに氷砂糖を使う理由は、「わざわざゆっくり浸透」させるためのワザなのです。一気に梅の実から水分が抜けてしまうと、梅の実の表面はしわしわになってしまいます。普通の砂糖に比べて溶けにくい固形の氷砂糖を使うことで、容器中に溶けていく砂糖の濃度少しずつを上げることができます。そして、ゆっくりゆっくり梅の中の水分を外に出すことができ、そのおかげで、梅の実はしわっぽくならずに済むのです。市販の梅酒に入っている梅の実が、きれいな形を保っているのも、氷砂糖の「わざわざゆっくり浸透」のおかげです。

 この「わざわざゆっくり浸透」させるというワザは、おせち料理でも利用されています。黒豆を煮るときに、「砂糖を何度かにわけて入れましょう」とレシピに書かれています。これは一度に砂糖を入れてしまうと、60%にもなる濃い砂糖液によって豆の中の水分が絞り出されて、しわしわになってしまうためです。その上、砂糖は水を抱え込む性質もあるので脱水が更に引き起こされてしまいます。このようにしわっぽい黒豆になるのを防ぐために少しずつ砂糖を入れる「おばあちゃんの知恵」にも科学的な理由があるのです。

 また、「呼び水」「迎え水」と呼ばれる塩鮭や数の子の塩抜きでは、真水ではなく「薄い食塩水」を使いますが、これも「わざわざゆっくり浸透」させるためです。真水のほうが食塩水よりも濃度差が大きくなるので、早く塩分が抜けます。しかし、塩漬けの魚の中には、塩化ナトリウム(NaCl)、つまり塩のほかにも塩化マグネシウム(MgCl2)などの成分が含まれています。塩化マグネシウムが溶け出すスピードは、塩化ナトリウムに比べて遅いのです。ですから、真水で急激に浸透現象を起こしてしまうと塩化ナトリウムだけが先に抜けて、魚の中に塩化マグネシウムが残ってしまいます。実は、この塩化マグネシウムこそが、「にがり(苦汁・苦塩)」の主成分です。塩味だけでなく、苦みなどの成分も溶け出すようにするためには、塩水でゆっくり浸透させることで味が落ちるのを防ぐことができるのです。

 手間や時間がかかる料理には、きちんとした科学的な裏付けがあるのです。このように浸透の原理を理解すると、「わざわざゆっくり浸透」していく梅を観察しながら、梅酒作りに挑戦したくなりませんか?

著者情報

サイエンスライター/サイエンスコミュニケーター

内田麻理香

うちだ まりか

1974年千葉県生まれ。東京大学工学部、同大学院修士課程修了。科学の視点で生活を分析するサイト「カソウケン(家庭科学総合研究 所)」主宰。東京大学工学部広報室特任研究員を経て、現在、テレビ、ラジオ、新聞を通して「生活の中の科学」を分かりやすく紹介するサイエンスコミュニケーションにたずさわっている。主な著書に『科学との正しい付き合い方』(2010年、ディスカヴァー・トゥエンティワン)など。

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