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経済万華鏡

言葉の神様への願い

浜矩子(同志社大学大学院ビジネス研究科教授)

「ねじれ」「アベノミクス」「ビッグデータ」。この三つの言葉に、共通点が二つあります。第一に、何を意味しているのかよく分からない。第二に、それにもかかわらず、むやみやたらと使われる。

 参院選が終わった翌日、「ねじれ解消」の大見出しが新聞各紙の紙面上を踊りましたね。いつの間にか、ごく当たり前のようにこの言葉が使われるようになってしまっています。
 しかしながら、そもそも、衆参両院の多数党がミスマッチであることを、なぜ、「ねじれ」と表現しなければならないのでしょうか。せっかく両院あるのに、両者の多数党が一致していたのでは、独裁体制になってしまいます。そんなことになっては、それこそ、民主主義のねじれです。
 ねじれ解消のどこがいいのか。どこが喜ぶべきことなのか。筆者にはよく分かりません。

「アベノミクス」については、言うまでもありません。これほど意味不明なまま、独り歩きしている言葉も少ないでしょう。
 それにもかかわらず、選挙戦を通じては、野党側さえ、この言葉を当然のように多用していました。これはいけないと思います。そんな調子では、大敗を喫するのも無理はありません。
 競い合う相手が使っている言葉を、意味を厳しく問いただすことなく、無定見に使えば、戦わずして敗北です。

「ビッグデータ」も、突如としてはやり始めた言葉ですね。急に、誰もがビッグデータを語るようになりました。あっという間にそんな風になる。これが、最近の世の中の怖いところだと思います。
 確かに、実に今日的テーマを表象している言葉だとは思います。だからこそ、はやるわけでもあります。ですが、あまりにも簡単にこの種の言葉をはやらせてしまう風潮には、どうも、やっぱり抵抗を感じます。
 意味について納得がいかない言葉は、使わない方がいい。人が作った言葉に踊らされてはいけない。内容が定かでない言葉で、当たり前のように会話することは避けるべし。
 改めて、自分に対してもこの辺を強く言い聞かせたい。そうヒシヒシと感じる今日このごろです。

 言葉は実に重要です。そして、実に恐ろしくもあります。征服者たちは、被征服者から言葉を奪います。言語浄化政策がその典型的なケースです。言葉の使い方について制約を受けると、人々は思考能力が低下します。
 ねじれてもいないものを、ねじれていると思い込まされてしまう。どこがエコノミクスなのか、分からないものを信じ込む。何がビッグなのか、判然としないデータをありがたがる。そんな風にはなりたくないものです。
 そうならないよう、言葉の神様にお願いしましょう。

著者情報

同志社大学大学院ビジネス研究科教授

浜矩子

はま のりこ

1952年生まれ。一橋大学経済学部卒。三菱総合研究所ロンドン駐在員事務所長等を経て、現在に至る。『グローバル恐慌』『スラム化する日本経済』『ユニクロ型デフレと国家破産』『浜矩子の「新しい経済学」~グローバル市民主義の薦め~』など多数の著書がある。

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