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経済万華鏡

上がだめなら逆がある

浜矩子(同志社大学大学院ビジネス研究科教授)

 大手企業の業績が軒並み最悪の大赤字となっています。それも、自動車・電機という日本産業の両雄部門において然りです。
 そして、人々は閉塞感の底深く沈み込んでいる。そんなとき、何をどのように考えればいいのか。何をどう変えればいいのか。今、日本の産業・企業に投げかけるメッセージは何か。そう考えたとき、頭に浮かぶフレーズがあります。それは、「逆を向いて歩こう」です。

 そもそも、上ばかり向いて歩いていたのでは、何に躓(つまず)いて転んでしまうかわかりません。大けがをする危険がいっぱいです。やっぱり、足元はしっかりみすえておかなければいけないでしょう。
 しかも、今の日本の企業人や財界人をみていると、どうも、向いている方向はもはや上でもなくて、後ろばかりであるように思います。追い求めているのは昭和の日々。あのころの夢にばかり、ノスタルジーの思いを馳せているようにみえてなりません。
 これでは、上を向いているよりもっと危険かもしれません。後ろばかり向いて歩いていたのでは、何にぶつかるかわからない。しかも、過ぎ去りし後方の風景ばかりに憧憬(しょうけい)のまなざしを送っていたのでは、新しいものは何ひとつみえてこないでしょう。

 閉塞という言葉がむやみと流行る今、その呪縛からみずからを解き放つには、逆を向いて歩いてみるといいと思います。
 今までやってきたやり方の正反対は何か。今、やるべきだといわれていることの正反対は何か。今、みんながやっていることの正反対は何か。それを見定めて、その方向に向かって歩きだしてみてはどうでしょう。

 逆走することは、実に簡単です。なぜなら、逆らう対象がはっきりしているからです。今が集権の時なら、その逆は分権です。今、みんなが競争ばかりしているなら、その反対は協調することでしょう。今、誰もが自分のことばかり考えているなら、その反対は人のことを考えることです。今、誰もが高成長の再現を追い求めているなら、その反対は成長を求めないことでしょう。
「下山」という言葉も、一気に脚光を浴びつつある昨今ですね。経済の観点からも、この発想にはなかなか一理あると思います。リーマン・ショックに至る過程で、我々はあまりにも高すぎる山の上に登ってしまった。よせばいいのに、バブルの雲に覆われた得体の知れない山頂に登り詰めた。だから、転落したわけです。

 その山の上から強制転落させられた今、山のふもとに、いかに足場がしっかりしていて、いかに健全で共生的なライフスタイルを形づくっていくか。それが問われているのだと思います。そのようなライフスタイルは、すぐそこで我々を待ち受けてくれていそうな気がします。それなのに、上や後ろばかりを向いて歩いていたのでは、我々はいつまで経ってもまともな生活空間に到達することが出来ません。
 成熟日本に、ハングリー精神は不要です。輸出ドライブも、随分色あせた言葉になりました。走らなくても大丈夫。
 逆を向いて歩こう。涙を忘れて。美しき老いの日。元気いっぱいの朝。

著者情報

同志社大学大学院ビジネス研究科教授

浜矩子

はま のりこ

1952年生まれ。一橋大学経済学部卒。三菱総合研究所ロンドン駐在員事務所長等を経て、現在に至る。『グローバル恐慌』『スラム化する日本経済』『ユニクロ型デフレと国家破産』『浜矩子の「新しい経済学」~グローバル市民主義の薦め~』など多数の著書がある。

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