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一語千金

のれん

[goodwill]
店先の布ではありません

玉手義朗(エコノミスト)

 名店と評判の料亭に行ったときのことだ。店先に下げられたのれん(暖簾)が歴史と格式を物語っていたが、出された料理は期待外れで、客の入りも悪かった。食通の知人によると、新興の外食産業が店舗などの資産額1億円の店を3億円で強引に買収したことが原因で、料理人が反発して辞めてしまったという。築き上げるのに時間のかかる「老舗ののれん」を、買収することで即座に手に入れようとした外食産業の思惑は外れたわけだが、同様のことは一般的な企業買収でも起こっていて、そこにものれんという言葉が登場する。
「のれん」は企業の持つブランド力やノウハウ、従業員の能力など、明確な形はないが、利益を生み出す「無形固定資産」の一つだ。決算の貸借対照表の「資産の部」に計上されていて、難解な会計用語の中にあって、唯一のひらがな表記の項目となっている。
 のれんが計上されるのは、企業買収が行われた場合だ。企業Aが資産額50億円の企業Bを買収したとしよう。これによって、企業Aの有形固定資産は50億円増えるが、実際の買収で支払われる金額が資産額に一致することはまれで、それ以上の金額が支払われることが大半だ。仮に60億円で買収が行われた場合、資産額との差額10億円はブランド力や信用力などの無形資産を手に入れたものと考え、のれんとして計上する。筆者の訪れた料亭の例で言えば、3億円のうち、店舗などの1億円が有形固定資産に、残り2億円がのれんに計上されることになる。
 のれんの償却方法は、日本の会計基準と国際的な会計基準のIFRS国際財務報告基準)とでは根本的に異なっている。日本の基準では、のれんは設備などの有形資産と同様に、時間の経過とともに劣化すると考え、毎年一定額を償却して費用計上する定額(定期)償却を求めている。これに対してIFRSはのれんの定額償却を禁止していて、毎年その価値をチェックし、期待された収益が得られなくなった時点で、損失処理することを求めている。 
 IFRSを採用すれば、のれんの定額償却が不要で利益の押し上げ効果があるため、日本の会計基準からの変更をする企業が増えているが、買収された企業の業績が急激に悪化した場合には、損失処理(減損)を迫られることに変わりはない。
 世界規模の買収が活発になる中、巨額ののれんを計上する企業が増える一方で、損失処理に追い込まれるケースも増えている。2006年、東芝は資産価値2000億円の原子力関連企業大手のウェスチングハウス社を5400億円で買収し、約3400億円という巨額ののれんを計上した。ウェスチングハウスという世界的ブランドを手に入れれば、原子力ビジネスをリードできると考えたのだ。が、その経営は思うに任せず、15年3月期決算で、2600億円という巨額ののれんの減損処理を行う事態となる。11年にブラジル第2位の酒造メーカーを買収したキリンHDも、当初は2000億円だった買収金額が3000億円に膨れ上がり、巨額ののれんを計上した。しかし、期待通りの成果を出せず、15年12月期決算で1000億円を超えるのれんの損失を計上した結果、上場以来初の赤字転落となった。
 のれんをゼロから築き上げるのは長い時間がかかるが、買収という手法を使えば簡単に手に入れることができる。しかし、のれんは形のない資産であり、料理人が辞めてしまうといった理由で、簡単に失われる不安定なものでもある。相次ぐ企業買収で、のれんという資産が膨れ上がっている企業も少なくないだけに、その処理方法を含めて注目しておく必要がある。

著者情報

エコノミスト

玉手義朗

たまて よしろう

1958年生まれ。筑波大学卒。東京銀行、マニュファクチュラース・ハノーバー銀行などで、外国為替取引に携わる。その後、テレビ局で経済部デスクなどを経て、現在はフリー。著書に『円相場の内幕』(1995年、集英社)、『経済入門』(共著、2004年、ダイヤモンド社)がある。

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