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一語千金

賃金の下方硬直性

[downward rigidity of wage]
労働者を守るはずが…

玉手義朗(エコノミスト)

「もったいない」と、誰もが感じるのが野菜の産地廃棄。供給過剰になった白菜やタマネギなどをトラクターが踏み潰す様子は耐えがたいものだ。産地廃棄は最低限の価格を維持するための制度で、受け入れた農家には補助金が支給されるが、消費者は相対的に高い価格で野菜を購入することになる。供給過剰なら、需要と一致するまで価格が下落するのが当然であり、「捨てるなら、安く売るべきだ」という意見も当然といえるだろう。
 野菜価格と同じことが、賃金でも起こっている。「賃金の下方硬直性」と呼ばれる状況だ。賃金は労働市場における価格の役割を持ち、需要に相当する求人が減少したり、供給に相当する働き手が増えたりすれば賃金は下落、反対に求人増や働き手が減少すれば上昇する。
 しかし、賃金は「最低賃金制度」などによって一定の水準より下がらないように定められている。このため、不況で求人が減少し賃金が低下し続けても、一定の水準に達すると雇用者はそれ以下の賃金で雇うことができない。労働者の最低限の権利を守るための措置である。また、正社員などですでに職に就いている労働者の賃金を引き下げることも容易ではない。産地廃棄の制度が野菜価格の暴落から農家を守るように、賃金の下方硬直性があることで、労働者が搾取されるのを防いでいるのだ。
 しかし、賃金の下方硬直性は、失業者の数を増やす一因にもなっている。不景気の場合、雇用者側は労働市場の需要と供給で決まる水準よりも高い賃金を支払うことになるため、雇用者の数を削減せざるを得なくなる。この結果、「安い給料でもいいから働きたい」という人が職に就けず失業者となる。価格維持のために産地廃棄される野菜のように、賃金の下方硬直性は、働き手を放置するというマイナス面もあるわけだ。
 功罪両面を持つ賃金の下方硬直性だが、近年の日本ではそれが崩れているとの指摘もある。不況が長引く中、新規採用の雇用形態を正社員から非正規社員に切り替える企業が続出する。これは実質的な賃下げであり、下方硬直性が弱められることで、デフレを深刻化させた。
 景気が悪化し労働力の供給過剰が続いた場合でも、賃金の下方硬直性があることで一定の賃金水準は維持されてきた。デフレ拡大を阻止する「防波堤」が、賃金の下方硬直性だったのだ。ところが、雇用形態の変化などでこれが脆弱(ぜいじゃく)化すると、所得の減少がデフレを加速させ、それにより正社員がさらに減少することで、賃金の下落が拡大するという「負のスパイラル」をもたらしてしまったのである。
 明るさが見え始めた日本経済だが、安倍晋三政権の思惑通りには賃金が上昇していない。労使双方に「賃上げより雇用者増」という思惑がその背景にあるからだ。野菜の需要が高まった場合、価格を引き上げるより、産地で廃棄していた野菜の量を減らす、つまり失業者を減らすのが先決だというわけだ。こうしたことから、現在の日本の賃金には、「上方硬直性」もあるという指摘もある。
 野菜価格の変動は激しく、産地廃棄を行った直後に、天候不順などで高騰するということも珍しくない。しかし、賃金においては、下方硬直性が緩んできた一方で、上方硬直性も形成されるなど、労働者には厳しい状況が続いている。

著者情報

エコノミスト

玉手義朗

たまて よしろう

1958年生まれ。筑波大学卒。東京銀行、マニュファクチュラース・ハノーバー銀行などで、外国為替取引に携わる。その後、テレビ局で経済部デスクなどを経て、現在はフリー。著書に『円相場の内幕』(1995年、集英社)、『経済入門』(共著、2004年、ダイヤモンド社)がある。

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