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一語千金

スピルオーバー効果

[spillover effect]
桶屋をもうけさせる原動力

玉手義朗(エコノミスト)

「風が吹けば、桶屋がもうかる」。ある出来事がきっかけで様々なことが連鎖的に発生、思いもよらないところに影響が及ぶことの例え話だ。風が吹いてから、桶屋がもうかるまでのプロセスは、三味線にネコ、ネズミなどが絡んでくる強引な展開だが、経済活動でもこうしたことが起こることがある。
 売り上げ低迷が続くデパート業界にあって、仙台市内のデパートは好調で、なかでも宝飾品の売り上げが大幅に増えている。その要因となっているのが東日本大震災の復興事業で、作業員が日本各地から大集合、彼らが仕事の疲れを癒やそうと夜の街に繰り出すことから水商売の女性たちの収入が急増、彼女たちがそのお金で宝飾品を買った結果だというのだ。こうした状況をエコノミストが解説する場合、「風が吹けば……」のことわざに替わって使うのが「スピルオーバー効果」だ。
 スピルオーバー効果は「漏れ出す」という意味の“spillover”を使った言葉で、経済のみならず政治、社会などの変動がきっかけとなり、思わぬところに経済的な影響が及ぶことを指し示している。復興事業という「風」が、スピルオーバー効果によって、デパートという「桶屋」をもうけさせたというわけなのだ。
 経済活動は、程度の差こそあれ、何らかのスピルオーバー効果を持っているが、なかでも中央銀行の金融政策や政府の経済政策の変更によるものは規模が極めて大きくなる。2008年9月、アメリカの大手投資銀行リーマン・ブラザーズが破綻(はたん)、これに伴って経済に流れるお金の量が激減する金融危機(リーマン・ショック)が発生した。事態を収束させるために、アメリカの中央銀行に相当するFRB(連邦準備制度理事会)は、巨額の資金を供給する「量的緩和策」を展開したが、そのスピルオーバー効果は、遠く離れたインドやブラジルなどの新興国に及んだ。アメリカ国内の資金減少に対応するためのFRBの資金供給だったが、その中のかなりの部分が新興国へ流出、為替相場や株式相場、不動産価格などを急上昇させ、かつての日本のような「バブル経済」をもたらした。アメリカで吹いたリーマン・ショックという「大風」が、スピルオーバー効果によって海を渡り、インドやブラジルの「桶屋」を大もうけさせたのだった。
 スピルオーバー効果は、マイナスに作用するものもある。ギリシャで債務危機が発生すれば、世界の金融市場が動揺、日本の株式市場も下落し、これによって証券マンたちの給与が減り、兜町の飲み屋の売り上げが減少することにもなりかねない。世界経済がグローバル化する中、海外で風が吹いた結果、国内の桶屋が損をして、そこで働く人の収入を減らすという「負のスピルオーバー効果」を生み出すこともある。
 日本銀行が打ち出している「異次元の金融緩和政策」のスピルオーバー効果にも注目が集まっている。前例のない大胆な金融政策だけに、日本国内はもとより、世界経済全体に思わぬひずみをもたらす危険を秘めている。このためG7やG20などの国際会議で、そのスピルオーバー効果について議論されることもある。
 風が吹いたとき、もうかるのは桶屋なのかデパートなのか、はたまた海外の企業なのか……。経済に風が吹いた時、そのスピルオーバー効果をしっかりと見定めることが大切なのである。

著者情報

エコノミスト

玉手義朗

たまて よしろう

1958年生まれ。筑波大学卒。東京銀行、マニュファクチュラース・ハノーバー銀行などで、外国為替取引に携わる。その後、テレビ局で経済部デスクなどを経て、現在はフリー。著書に『円相場の内幕』(1995年、集英社)、『経済入門』(共著、2004年、ダイヤモンド社)がある。

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