imidas - 情報・知識&オピニオン

連載

一語千金

ヘッジファンド

[hedge fund]
金融界のチャンピオン

玉手義朗(エコノミスト)

 2007年にプロボクシングのWBCフライ級世界チャンピオンとなった内藤大助選手がボクシングを始めた理由は、いじめの克服だったという。
 中学生時代に深刻ないじめを受けた内藤選手は、ボクシングをやって強くなれば、いじめられなくなるかもしれない、と考えたのだ。自らを守るために始めたボクシングによって、内藤選手は「いじめられっ子」の対極とも言える世界チャンピオンとなったのだった。
 巨額の資金を動かし、攻撃的な投資手法で利益をたたき出す「ヘッジファンド」だが、その生い立ちは内藤選手と似ている。
 ヘッジファンド(hedge fund)は、少数の大口投資家から資金を預かり、それを株式や債券、通貨、商品など様々なものに投資して利益を上げようとする「投資信託」の一種だ。この“hedge”という言葉は、「賭け事における両賭け」「保険」「垣根で守る」といった意味。ヘッジファンドは元来、大きなリスクをとらない、慎重な投資方法を持っていたのだ。
 ヘッジファンドの創始者とされているのは、アルフレッド・ジョーンズというアメリカ人だ。彼が1949年に始めたファンドは、例えば株式に投資する場合、株価が下落した場合に備えて、他の銘柄の空売りを組み合わせていた。「空売り」とは、第三者から株式を借りて売却し、値下がりした時点で買い戻すこと。この場合、株価が上昇を続けた時には、単純に「買い」だけの投資に比べて、空売りの分だけ利益が減る。しかし、株価の下落局面では、空売りが「保険」のような効果を上げて、損失を少なくすることを可能としていた。
 いじめられていた内藤選手が、ボクシングで自らを守ろうとしたように、ヘッジファンドは空売りによって、投資のリスクを軽減していたのだ。
 こうしたヘッジファンドの性格を一変させたのが、世界的な投資家として知られるジョージ・ソロスだった。ソロスは自らが創設した「クォンタムファンド」で、イギリスのポンドに巨額の空売りを仕掛け、中央銀行であるイングランド銀行を打ち負かすなど、攻撃的な投資を展開する。これによって「クォンタムファンド」は天文学的な利益を上げた。損失を減らすための空売りを、利益を上げるための「武器」に転用し、大成功を収めたのだ。
 ソロスの成功に刺激されて、空売りを多用し、攻撃的な性格を強くしたヘッジファンドが相次いで創設され、世界の金融市場を席巻していく。最新の金融工学に裏打ちされたデリバティブなどの「新たな武器」も導入して、その力を急速に高め、現在では資産総額が1兆ドルを超えるとも言われるまでに成長したのだ。
 自らを守るために身に着けたボクシングで、いじめられっ子から世界チャンピオンとなった内藤選手。ヘッジファンドも同様に、損失を抑えるための空売りを武器に変え、攻撃的な性格に変身した。その圧倒的な資金力で、しばしば金融市場を混乱させることから、「悪役」として強い批判を浴びることも少なくない。しかし、その実力は圧倒的。ヘッジファンドは、誰もが認める金融市場の「世界チャンピオン」なのである。

著者情報

エコノミスト

玉手義朗

たまて よしろう

1958年生まれ。筑波大学卒。東京銀行、マニュファクチュラース・ハノーバー銀行などで、外国為替取引に携わる。その後、テレビ局で経済部デスクなどを経て、現在はフリー。著書に『円相場の内幕』(1995年、集英社)、『経済入門』(共著、2004年、ダイヤモンド社)がある。

関連記事

新着記事

imidasの更新情報をお届けします。