今こそ90年代〝鬼畜系〟サブカルチャーを再考する意義がある―村崎百郎とインターネットの切断線を中心に
鴇田義晴(フリーライター/批評家)

1、鬼畜系とネットの切断線
90年代サブカルチャーに「鬼畜系」と呼ばれるサブジャンルがある。鬼畜系は反道徳的、非常識と批判を受けかねない表現をあえて提示した。扱う対象は合法/非合法を含めたあらゆる薬物(ドラッグ)、ロリコンやスカトロなどアブノーマルな性癖、盗聴や盗撮といった犯罪行為の手口、新左翼セクトの内ゲバ、ゲテモノ食、カルト的人気を持つ映画や音楽の紹介など「ヤバいもの」全般であり多岐にわたる。命名者は村崎百郎(むらさき・ひゃくろう)だ。
村崎は90年代半ばから2000年代にかけて活躍したライターであり、2010年に自宅を訪れた自称読者の男性に刺され48歳で亡くなった。村崎は常に頭の中に「電波」が聞こえる特殊体質の持ち主であり、夜ごとゴミあさりを行い他人のプライバシーを暴き、女性の下着や使用済みの生理用品の写真を雑誌連載で晒しつづけた。それと同時にゴミに宿る細部の物語を偏愛し、センチメンタルな文体のエッセイや小説を著した。相反する複数の人格を宿したかのような村崎の人物像に惹かれた私は、「90年代サブカルチャーと倫理―村崎百郎論」を書き評論新人賞「2022すばるクリティーク賞」を得た。
上記の拙論は2021年の東京オリンピック・パラリンピックをめぐって起こったミュージシャンのコーネリアス/小山田圭吾の炎上騒動より始まる。小山田が開会式の音楽を担当すると発表されると、彼が過去に雑誌インタビューで発言した知的障害を持つ同級生に対するいじめとも取れる内容が問題となった。一連の発言の背景には鬼畜系の露悪的な表現が影響を与えていたと見る声も挙がった。小山田の件に限らず、ネットにあふれるヘイトスピーチや、飲食店テロをはじめとする迷惑系YouTuberのふるまいなどは鬼畜系と絡めて語られがちだ。
鬼畜系は90年代末の世紀末の空気と相まってかサブカルチャー愛好者だけでなく、一般層にも受け入れられた。村崎とならび鬼畜系の中心人物に挙げられる青山正明が編集長を務めたムックシリーズ『危ない1号』(データハウス)は95年発行の1巻は約15万部、96年1月に新宿ロフトプラスワンで行われたイベント「鬼畜ナイト」の内容を収録した『別冊危ない1号:vol.1』は約8万部を売り上げるベストセラーとなっている。このほか『別冊宝島』(宝島社)シリーズでは「殺人」「変態」「ドラッグ」などが特集され、カラーで死体やフリークスの写真が掲載された『世紀末倶楽部』(コアマガジン)シリーズも存在した。90年代末の出版業界において鬼畜系はひとかどのブームを巻き起こしたと言えるだろう。
鬼畜系は出版の世界で展開され、インターネットとは異なる場所にあった。それでも両者は同時期に存在したがゆえに少なくない影響を与え合っている。この交雑こそが、今再考すべきものだと考えている。
『危ない1号』は「妄想にタブーなし」をコンセプトに世界のドラッグ事情や、犯罪の手口などを取り上げるほか、カルトな音楽や映画、異端の文学や精神思想などを幅広く紹介した。ドラッグや犯罪ネタは、現在社会問題となっている闇バイトなどに繋がる要素もあり、批判を受けても仕方のないものだ。対してカルト作品の紹介はB級やマイナーな領域のカルチャーに光を当てる試みであり、新しい価値観の提示を促す。こちらはミクロな情報をフォローするネットの良質な部分との親和性が高い。こうして見ると鬼畜系のすべてを悪とみなし、時代にそぐわないものとして捨て去る行為はあまりに短絡的だ。
ネットの歴史を取り上げた『僕たちのインターネット史』(亜紀書房)でライターの、ばるぼらは「90年代雑誌文化のサブカルの流れをコンピューター文化のサブカルが引き継いだ」と指摘する(※1)。同書ではアメリカのインターネットにはヒッピー思想に端を発するカウンターカルチャーの影響が強く存在したのに対し、日本ではその思想が浸透しなかったと整理されている。その代わり日本のネット空間にはゴシップ雑誌同様のエロや悪趣味系のネタがあふれるようになる。『危ない1号』の版元であったデータハウスが、ハッキングなどコンピューター関係の裏ネタ本を数多く発行していた事実も両者の近しさを示すものだろう。それでも鬼畜系とネットの間には明確な切断線があるように私は思う。何より一見すればネットと近しいように見える村崎はネットを嫌っていた。
2、ネット嫌いだった村崎百郎
私の論では小山田騒動を皮切りに、90年代鬼畜系サブカルチャーの全体像の解明を村崎のテキストを読みながら試みた。タイトルに「倫理」の言葉を用いた通り、村崎の過激な表現に比してピュアネスに富む人物像を浮き彫りにした。この文体と人物像のギャップは面白く読まれた。それと同時に村崎が取ったネットとの距離も注目された。村崎の正体が編集者の黒田一郎であった事実は公然の秘密であったが、上司であり師匠でもあったペヨトル工房創業者の今野裕一は、村崎の表現とネットの関係性を以下に整理する。
あの頃、ああいう悪意というものの存在を世の中にリードするような位置に彼はいたんだと思う。彼が出てきてから数年後に2ちゃんねるのような剥き出しの悪意がそのまま出てくるメディアが現れる。この現状は、彼をものすごく書きにくくさせてたんじゃないかと思う(※2)。
今野が指摘する通り、村崎が出版物を通して表現した「悪意」は、ネット空間に現出した不特定多数の「剥き出しの悪意」に質量ともにまたたく間に凌駕されてゆく。彼が行っていたゴミあさりは現実社会でのフィジカルな行為であり、バーチャルなネットに対する肉体を伴った抵抗であるようにも思えてくる。
90年代カルチャーを特集した『STUDIO VOICE』(INFASパブリケーションズ)2006年12月号のインタビュー「今こそ『鬼畜』になれ!『アングラ/サブカル』が必要なわけ」でも村崎はネットを批判している。村崎は「ネットはニュースや調べモノをする時だけに有効な『道具』であって、自分に関して言えば、いまでもネットを利用してる時間は読書時間よりも短い」と切り捨てる(※3)。
上記のインタビュー記事で村崎は匿名掲示板として99年に開設された「2ちゃんねる」にも否定的な見方を示している。
2ちゃんに代表されるものこそ、バロウズの言ってた「言語ウィルス」が悪意をもって活発な活動を展開する拠点だと思うんだよね。「言語ウィルス」はひたすら言語を消費させればいいんだから。そこにはただ消耗しかない。だからオレはあまり入れ込めないんだよね。単に生存時間を削られているだけ、って感じがするでしょ?(※4)
ウィリアム・S・バロウズ(1914-1997)は言語が宇宙から飛来したウイルスであり人間を支配していると考えた。これは言語がウイルスに感染し異常をきたしているのではなく、言語そのものがウイルスであるとする大胆な主張だ。ネット炎上に見られる一見すると正論をまといながらもその実ジャンクなフレーズが拡散してゆく様を眺めていると、このウイルスは本当に存在しているように思えてくる。
ウイルスは寄生する対象がなければ生きてゆけず、条件が揃わなければ増殖しない。ネット空間は「言語ウィルス」が暴走するにあたっては最適な環境でもありそうだ。村崎は「言語ウィルス」の増殖を鋭敏に察知し、いち早くネットと距離を置いたのかもしれない。
村崎は『コンピュータ悪のマニュアル2000』(データハウス)でも、インターネットの普及は「言語ウィルス」による「人類白痴化計画の陰謀に他ならない」と警鐘を鳴らしている(※5)。この原稿はパソコンの知識がない村崎が編集者の手引きで試行錯誤しながらネット接続を試みるもの。同書のほかの記事はハッキングの手法など具体例を紹介しているのに対し、村崎の書く内容は実にアナクロだ(※6)。
21世紀以降、ネットは常時接続がデフォルトとなった。繋がり続けるネットの先からは、スマートフォンのアプリケーションに顕著なように常に最新バージョンへの更新が要求される。ネットと距離を置く村崎の姿は自ら繋がりを切断し、あえてアップデートを拒んでいるようにも見える。それゆえに彼のたたずまいや表現が強い反時代性を帯びるのは必然でもあった。
3、出版バブルと鬼畜系/読者に与えた救い
著者情報
フリーライター/批評家
鴇田義晴
ときた よしはる
1982年、千葉生まれ。「90年代サブカルチャーと倫理:村崎百郎論」で「2022すばるクリティーク賞」受賞。そのほかの論考に「蒼空と革命:見沢知廉論」(「すばる」2023年2月号)。『中央公論』(中央公論新社)、『SPECTATOR/スペクテイター』(エディトリアル・デパートメント/幻冬舎)などにも寄稿している。