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VARはサッカーを変えるのか?

家本政明(元国際審判員・プロフェッショナルレフェリー)

 サッカーの審判を取り巻く状況は大きく変わりつつある。現在、サッカーの試合では得点のたびにVARシステムが発動され、より精密なジャッジが実現できているように見える一方、これまでのサッカーの魅力が減るのでは? という声がある。2022カタールワールドカップでも注目されるこのVAR。
 このシステムはどのようなものなのか? 最新のテクノロジーが次々と導入されるなか、審判の役割、そしてサッカーはどう変わるのか? 
 2010年、ロンドンにあるサッカーの聖地・ウェンブリースタジアムで行われた国際試合の主審に日本人レフェリーとして初めて選出され、2021年までJリーグで笛を吹き、実際にVARが採用された試合を担当した経験を持つ元国際審判員・プロフェッショナルレフェリーの家本政明氏にうかがった。

2021 J1リーグ 最終節で笛を吹く家本政明氏

 ■VARとは何か?

――VARとはVideo Assistant Referee/ビデオ・アシスタント・レフェリー」の略称で、ピッチとは別の場所で映像を見ながらレフェリーをサポートする審判のことですね。Jリーグでも昨年から本格的に導入されていますが、VARが介入する事象について教えてください。
 
   まず、VARが介入する事象は大きく2つあります。
 1)はっきりとした明白な間違い
 2)主審が見過ごした、確認できなかった重大な事象 です。
 試合のレフェリーは4人います。主審、副審2名、第4の審判。この現場の4人のレフェリーが明らかに間違えた場合、または重大な事象が確認できなかったときに限ってVARが介入します。
 次に、この2つの事象のなかで、VARが主審に助言できるのは以下の4つです。
 ●得点かどうか ●PKかどうか 退場かどうか 警告/退場のひとを間違えていないかどうか
 これ以外に関しては、VARは残念ながら主審に助言ができません。

――VARを介入させる最初の発信は主審側、もしくはVAR側どちらからなのでしょうか?

 両方ありますね。まず、VARの作業の流れを説明しますね。VOR(Video Operation Room ビデオ・オペレーション・ルーム)という、試合をモニタリングする部屋があります。 これは2018ロシアワールドカップでは、モスクワにあるマッチセンターにありましたが、Jリーグでは、試合が行われるスタジアムそばに機材が入るように改造された車の中にあります。
 このVOR内には、VARと、AVAR(Assistant Video Assistant Referee アシスタント・ビデオ・アシスタント・レフェリーというVARを補助するひと)、RO(Replay Operatorリプレイ・オペレーターというVARの要求に応じて複数台のカメラによる映像の中からチェックに最適な映像をセレクトして、スロー再生やコマ送り再生をしてジャッジのサポートをするひと)がいます。
 たとえば、VARが主審に助言できる4つに当てはまるのではないかと疑われる事象をVARが映像の中から「ポッシブル」とタグ付けします。「ポッシブル」とは4つの事象が起こっている「可能性がある」という意味です。「ポッシブルレッドカード」とか、「ポッシブルペナルティー」とかですね。それらタグ付けされた映像から、VARは一番見やすいアングルをROに選んでもらう。そのなかには、主審が認識しているケースと、認識していないケースがあります。
 認識している場合は、そのまま試合を止めずに続行します。そのあと、ボールがピッチの外に出たりして、試合が止まったときに主審とVARが交信して会話してVARのほうから「さっきの事象はどう判断しました?」とか、主審のほうから「いまのノーファールと判断したけど、映像はどうなっていましたか?」というやりとりをします。ただ、最終的なジャッジの判断は主審です。VARはあくまで推奨しかできません。

――主審とVARは常に通信でつながっているんですか?

 はい、つながってはいますが、VARは通信ボタンを押さないと現場のレフェリーたちに自分の声を届けられないシステムになっています。現場の主審と副審2名と、第4の審判はいつでも自由に会話ができます。なので、主審の角度から見えないところを副審に「どう、見えた?」とかは常にやりとりしているんです。このレフェリーたちの声はVAR側にも聞こえています。だから、4人で話している会話の内容から「これ4人とも見えてないな」という事象がわかるんです。そのとき、VAR側が通信ボタンを押せば主審と話せるシステムになっています。
 主審が映像を確認するかどうかは、起きた事象の事実の確認か解釈の確認かで変わってきます。なにか事象が起きたとき、たとえばオフサイドや得点といった場面で、攻撃側の選手がオフサイドラインを超えているかどうか、あるいはボールがゴールラインを超えているかどうかという事実の確認だけが求められるものは、主審は映像を確認することなくVARの助言をそのまま採用します。これをVARオンリーレビュー」といいます。
 起きた事象を主審が確認したものの、それが本当にPKや退場に値するかどうかといった主審の解釈が求められるものや、主審が確認できなかった重大な事象が起きた場合は、VARは主審に映像の確認を推奨します。これを「オンフィールドレビュー」といいます。この場合は、主審がレフェリーレビューエリアに行って、モニターでリプレイ映像をチェックして最終判断をします。

――オンフィールドレビューのときに、ある程度の時間がかかりますね。あのときVARと議論を交わしているのですか? 

 VARと議論はしません。ここが面白いというか、いま言ったように現場の主審とレフェリーたちとは、つねに話し合いはしているんです。たとえば、主審が「俺はハンドだと思うけど、お前はどう思う?」とか副審に意見を聞くことができるんです。もちろん、最終判断は主審ですよ。ところが、VARとその現場にいるレフェリーたちとは議論してはいけない取り決めになっているんです。
 オンフィールドレビューのときは映像に対する指示だけで、意見を求めることはできないんです。

――主審がモニターで見ているものは、スタジアムのビジョンで流されるものと同じですか?

 ええ、同じものですね。モニターに流れるのはJリーグだけですけどね。海外では流していません。特にスタジアムのお客さんと画像を共有してはいけないという規則がないので、Jリーグがサービスでやっているものです。他のリーグでやらないのは、トラブルになる可能性があるからですね。
 これは、一概には良しあしを判断できないことですが、映像を共有することのリスクは大きいと思います。スタジアムのお客さんみんなが見て、たとえばアウェイ側の選手がハンドの疑いがあったとすると、「ほら! ハンドだろ!」ってホームのサポーターは盛り上がるに決まってます。そうすると、レフェリーはハンドの判定を覆すことはかなり難しくなりますよね。レフェリーに相当なプレッシャーがかかってくる。ハンドでも、手に故意に当てているのかどうかなど、競技規則の解釈によってジャッジは変わってくるんです。レフェリーが競技規則をどれだけ深く理解しているかで判断は変わります。映像がスタジアムで流されることで、その判断を歪める可能性はあると思うんです。
 ただ、僕自身はモニターに画像を流して共有することに賛成です。いまの世の中の流れで言えば情報はオープンなほうがいいと思っているからです。確かにレフェリーへのプレッシャーはかかるけど、そのプレッシャーをはねのける強い心を持ってピッチに立つのがレフェリーの役目だと思います。

テクノロジーが補えないところがある?

――家本さんは、実際にVARが採用されたJリーグの試合で笛を吹かれました。VARが導入されたことについてどう思いましたか?

著者情報

元国際審判員・プロフェッショナルレフェリー

家本政明

いえもと まさあき

1973年広島生まれ。2002年からJリーグの主審を務め、2010年にはイギリスにあるサッカーの聖地・ウェンブリースタジアムで行われた国際試合で笛を吹く初の日本人レフェリーになる。2021年、現役を引退。現在はJ リーグの魅力向上のための活動を行う。著書に『主審告白』(東邦出版)『「最悪」の汚名を返上した主審 家本政明の未来を変えるポジティブメッセージ』(天夢人)がある。

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