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電子コミックと出版界の未来(前編)

ビジネスモデルとコンテンツ

中野晴行(ノンフィクション・ライター、編集者)

 長引く出版不況の中、電子コミックが著しい成長を見せている。このまま出版は、紙からデジタルへ移行するのだろうか。そこで、マンガ評論家にして産業としてのマンガに鋭い論考を重ねてきた著者に、電子コミックの現状と、出版界への影響を考察してもらう。

紙から電子へ?

「泥沼の出版不況」と言われ始めて、どのくらいの歳月が流れただろう。出版物の売上は、1996年の2兆6564億円をピークに減少を続け、2016年には1兆4709億円と半分近くまで落ち込んだ。文学やノンフィクションはもちろん、1990年代には出版界の救世主ともてはやされたマンガにも、かつての輝きはない。
 出版科学研究所の『出版月報』2017年2月号の特集「紙&電子コミック市場2016」によれば、紙の雑誌と単行本を合わせたマンガの市場規模は前年比マイナス9.3%の2963億円で、ついに3000億円の大台を割った。特にマンガ雑誌の凋落は目を覆うばかりで、15年の1166億円からマイナス12.9%の1016億円。07年には2204億円の市場規模があったので、10年で半分以下だ。
 これに対して、電子コミック市場の伸びが著しい。電子コミックとは、電子書籍と同様デジタルデータ化され、パソコンやスマートフォン(以下スマホ)、タブレット、電子書籍専用リーダーなどの情報端末に表示して読むコミックのこと。インプレス総合研究所の『電子書籍ビジネス調査報告書2017』によれば、2016年度(16年4月~17年3月)の電子書籍市場は全体で1976億円、マンガは8割強に当たる1617億円。同研究所は、21年度には電子書籍市場が3000億円を超えると予測しており、紙媒体の凋落が止まらず、電子書籍市場全体の8割をマンガがキープするなら、遅くとも19年末までにはマンガの市場規模で紙と電子の逆転が起きると考えられる。


 この数字だけを見ると、マンガ読者は紙から電子に移行している、と思われるかもしれない。ところが、実際にはそう単純な話ではないのだ。
 14年の秋からマンガを扱う大手出版社は、マンガ雑誌の電子版を紙版と同時に配信するサイマル配信を段階的に進めてきた。それにもかかわらず、16年の電子版マンガ雑誌の市場規模は31億円に留まっている(出版科学研究所調べ)。紙版減少分約150億円の5分の1しかカバーできていない計算だ。
 電子コミック市場は、電子版マンガ雑誌ではなく、紙の単行本を電子化したコミックの売り上げが支えているのが現実だ。
 大手電子書店の担当者によれば、電子コミックの読者は、アニメを見てその場ですぐにスマホから原作単行本の電子版を購入するケースが多く、ダウンロード(DL)はアニメ放送が多い深夜から早朝に集中するという。また、少年誌を中心にマンガ黄金時代と言われた1980~90年代にヒットした巻数の多いもの、例えば『北斗の拳(全27巻)』や『ドラゴンボール(全42巻)』などをまとめ買いする読者も多い。いわゆる「大人買い」である。購買層は30代以上の男女が中心で、やや男性の比率が高いという。
 つまり、書店に行かなくてもすぐに読めるという利便性や、過去の名作が手に入りやすく、紙の本のように巻数が多くても場所をとらないところが、電子コミック好調の原因なのだ。新しい市場のようでいて、実は過去の遺産を食いつぶしているともいえる、ちょっと悲しい市場でもあるわけだ。

数字に表れない電子コミック

 マンガを含む電子書籍には、専用アプリにコンテンツをDLしてオフラインでも読めるものと、ブラウザを通じてオンラインでストリーミング再生するものとがある。いずれにせよ、お試し版、立ち読み版などを除けば、基本的には有料で「本」(あるいは「本」の利用権)を購入することになる。サイト内コインやポイントが使えるものもある。先に引用した電子コミックの市場規模などもこの「本」の売上が使われている。
 しかし、数字が出ている電子コミック市場とは別に、電子コミックの隠れたメインストリームになりつつあるのが、主にスマホ向けに無料配信されている「コミックアプリマンガアプリともいう)」だ。多くは「無料マンガ」や「読み放題」を売りにするが、もちろんすべてのマンガが無料というわけではない。

 その仕組みは後述するが、無料の部分はいくらDLやPV(ページビュー)があっても、売上の数字は出ない。そのため、市場規模には形として現れない。しかし、読者の数は、有料で読まれている作品よりもはるかに多いのだ。それでは、配信各社の発表するアプリのDL数や会員数を見てみよう。
 DL数第1位は「LINEコミック」で、16年10月に累計1400万を突破したという。次に続くのが、韓国最大のインターネット企業ネイバーの関連会社NHNcomicoが13年10月から配信する「comico(コミコ)」。国内累計DLは、16年6月に1300万を突破したという。ネットサービス大手のDeNAが13年12月からサービスを開始した「マンガボックス」は、16年4月に累計1000万DL突破と発表。ほかにも、コンテンツ事業会社セプテーニ・ホールディングスが13年2月に設立し、新人マンガ家の連載作品を無料で配信しているコミックスマートのアプリ「GANMA!」は、17年3月に累計500万DLを突破したと発表。会員制投稿サイト「pixiv(ピクシブ)」が12年6月に始めた総合マンガサイト「pixivコミック」は、アプリのDL数200万突破と発表している。
 DLしたアプリに会員登録すれば、サイト内で「無料」や「読み放題」の作品にアクセスできるようになる。ニールセンデジタルの調査(2017年2月)によれば、これらのアプリは、月間の訪問者数が104万~279万人、1人当たりの月間利用回数が11~21回となっている。1回あたりの利用時間は7分47秒~9分37秒で、同社によればこれはマンガ2~3話分を読む時間とされる。これらを勘案すれば、いずれも、発行部数100万部の週刊誌に匹敵するかそれ以上の読者を持っていることになる。
 月に279万人が利用する「LINEマンガ」では、第1巻無料サービスをした作品の2巻以降が、紙の書店で売れるという現象も起きていて、無料だからといって無視できない影響力も持つようになっている。
 こうした流れを受けて、小学館がスマホ、タブレット向けのコミックアプリ「マンガワン」を開発し、14年12月からサービスを開始。集英社も『週刊少年ジャンプ』のアプリ版「少年ジャンプ+(プラス)」を開発して、連載や旧作を一部無料で配信したり、新作や『週刊少年ジャンプ』電子版(バックナンバーや定期購読を含む)の販売をワンストップで行うなど、大手出版社もマンガの配信アプリは積極的に展開している。先に挙げた配信各社のアプリも、多くは大手出版社の作品を扱っている。
 こうしたコミックアプリの魅力は、多くの作品がタダで読めることはもちろん、主にスマホ向けに配信されているということも見逃せない。
 総務省の『平成29年版 情報通信白書』によれば、2016年のスマホの個人保有率は56.8%だが、他の調査では70%を超えるものもいくつかあり、今やほとんどの人がスマホを保有していると言っていい。誰もが持っている端末を使っていつでもどこでも気軽に読める、というのが最大のメリットなのである。
 こうした状況から、ITベンチャーを中心に新規参入企業も増えて、上記ニールセンデジタルの調査では、30以上のコミックアプリが存在するという。

無料配信の収益構造

著者情報

ノンフィクション・ライター、編集者

中野晴行

なかの はるゆき

1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒。7年間の銀行員生活を経て編集プロダクションを設立。主著に『マンガ産業論』(2004年、筑摩書房)、『謎のマンガ家・酒井七馬伝』(07年、筑摩書房)、『マンガ進化論』(09年、ブルース・インターアクションズ)、『「はとバス」六〇年 昭和、平成の東京を走る』(10年、祥伝社)、『まんがのソムリエ』(14年、小学館クリエイティブ)、『やなせたかし 愛と勇気を子どもたちに』(16年、あかね書房)など。他にも監修で『漫画家たちが描いた日本の歴史(全6巻)』(14年、金の星社)がある。『マンガ産業論』で05年日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞、『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で08年度日本漫画家協会賞特別賞受賞。京都精華大学マンガ学部客員教授、デジタルハリウッド大学客員教授。また、12~17年には手塚治虫文化賞選考委員。

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