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いま世界で「e-sports」が熱い!(1)

対戦格闘ゲームに挑む日本人女性プロゲーマー

百地裕子(プロゲーマー)

 この夏、世界は4年に一度のオリンピックにわいた。しかし世の中には、感動と興奮を与えてくれる“戦い”がまだまだある。その中の一つ、近年大きな注目を集めているのが「e-sports」だ。欧米ではすでにプロスポーツとして認知され、多くの国際大会も開かれる対戦格闘ゲームの魅力を、日本人初の女性プロゲーマーとして活躍する“チョコブランカ”こと百地裕子が語る。

プロゲーマーとはどんな職業?

 皆さんは「e-sports」(eスポーツ)という言葉をご存じだろうか。e-sportsとはエレクトロニックスポーツの略で、電子スポーツ、いわゆる対戦型ビデオゲームで行われる競技のこと。近ごろやっと日本でもマスメディアなどで取り上げられることが増えてきた。競技人口は世界で約7000万人以上と言われており、既存のスポーツと比べても、世界で5番目に競技人口の多い種目である。ちなみに4位はテニスで約1億人、6位はゴルフで約6500万人、7位は野球で約3000万人となっている。
 アメリカの市場調査会社「Newzoo」(本社・カリフォルニア州サンフランシスコ)によると、2015年の世界のe-sports市場規模は約3億2500万ドルで、日本円にすると約325億円以上。16年には43%増加して450億円を超える見込みだそうだ。
 またe-sportsの世界大会は、その賞金額の高さでも話題を呼んでいる。皆さんもニュースなどで一度は耳にしたことがあるのではないだろうか。15年に賞金額が最も高額だったのは「Dota2(ドータツー)」という対戦格闘ゲーム(マルチプレイヤー・オンラインバトル・アリーナ ; Multiplayer online battle arenaの頭文字をとってMOBA系ゲームと呼ばれるジャンル)の世界大会で、賞金総額がおよそ22億円にのぼり話題になった。日本の皆さんにもなじみがあるだろう国産の対戦格闘ゲームの代名詞「ストリートファイター」シリーズでは、賞金総額が5000万円以上となっている。
「ゲーム」は本来「遊ぶもの」であり、たかがゲームでそんな金額がなぜ動くのか? と感じる人は決して少なくないと思う。今の日本においてはそれが普通の感覚であり、当然の感想だと思う。それでもなぜe-sportsは、世界でここまでの盛り上がりをみせているのだろうか。
 私、百地裕子はe-sportsの世界で11年から現在まで約5年間、北米の大手プロゲーミングチーム「Evil Geniuses」と契約し“プロゲーマー”をやっている。職業はプロゲーマー――つまりゲームをプレーすることで、お金を稼ぐ仕事だ。仕事内容は、簡単に言えばe-sportsにおける競技選手であり、またチームをスポンサードしてくれる企業の広告塔のようなものである。プロスポーツ選手のユニフォームに“企業ロゴ”が入っているそれを思い浮かべていただければと思う。
 私たちは自分たちの名誉と賞金のために、またその一方で競技以外の面でもメディア露出、ゲームに関する情報発信、私たちプロゲーマーに関する情報を発信し、チームスポンサーのためだけでなく、まだ認知が不足しているe-sportsの世界そのものの広報活動も行っている。そしてそんな私が取り組んでいる専門種目が、先に述べた対戦格闘ゲーム「ストリートファイター」なのである。

ストリートファイターとの出合い

 私は弟がいるせいもあって、幼いころからゲーム好きではあったが、昔からプロゲーマーを目指していたわけではない。というより、プロゲーマーという職業が日本で認知され始めたのは2010年ごろからで、私が24歳のころである。それまでは、まさかゲームをプレーすることが職業として成立するとは思っていなかったし、ゲームはあくまでも余暇時間を費やして遊ぶ「趣味」の一環であり、息抜きや友人とのコミュニケーションツールと考えていた。
 私の幼少期~学生時代は、ゲームで遊ぶことにもかなり多くの時間を割いていたような感覚はあるが、勉強や運動も怠らなかったと思う。小学4年~大学2年生にかけて約10年間は陸上競技をやっていて、進学校に通いながら近畿大会、全国大会に出場した経験がある。また習いごとのピアノは2歳から始め、大学進学で地元を離れるまで続けた。大学は体育科学科で、スポーツ科学を学びながら教育学を専攻。中学・高校の教員免許も取得した。
 変な話だが、こうして私は端から見ても比較的“真面目”という部類に分類されるような学生生活を送り、その流れのまま就職活動や教員採用試験勉強をしていたのだが、不意に出合った格闘ゲームをきっかけにe-sportsの世界に魅了されていくこととなった。
 それは22歳の秋だった。長年の陸上競技生活をひと段落させたこともあり、私は勝負の世界から離れようと思っていたころだったのだが、気づけば格闘ゲームという対戦競技の世界にどっぷり浸かっていた。大学在学中に働いていたバイト先の仲間たちに「ストリートファイターの新作が10年ぶりに出たらしいぞ! 見に行ってみようぜ!」と誘われ、なんとなくゲームセンターへ行き、初めて触れた格闘ゲームマシン。
 左手で棒の先に卵より少し小さな球体が付いたレバーを握り、右手で6個あるボタンのうちの一つを押す。そうすることで画面の中のキャラクターが動き出し、攻撃を繰り出した。小さいころ「ドット」でできた絵で動いていたゲームのキャラクターが、今はCGモデリングされたきれいなグラフィックで、アニメーションのようにスムーズに動いている。その時の衝撃は、今でも忘れられない。
 私は、この日までゲームセンターに行くことはほとんどなく、家庭用ゲーム機のパッドタイプのコントローラーしか握ったことがなかったため、レバーを握っただけでもとても新鮮に感じたのだ。
 格闘ゲームは、ボタンを押すだけで簡単に技が繰り出せるのだが、対戦で勝つための技のコンビネーションや動き方をするには、やはり練習、経験、慣れが必要になる。試合で勝つには、さらに練習と経験が必要になる。このあたりはスポーツ競技と似ている。
 半面、この「ボタンを押すだけで、きれいなアニメーションでキャラクターが動いて、技を繰り出す」というお手軽さも格闘ゲームの魅力の一つであり、やり始めたころの初心者の私にとっては、技を覚え、思い通りにキャラクターが動かせるようになっていくことや、自分の頭の中とキャラクターの動きが徐々にシンクロしていくことが、とても楽しく感じられたものだ。

大会をきっかけにプロスカウト

 自分の成長が感じられるというのは、やはり楽しいしモチベーションにつながるものである。ボタン一つの通常技だけでなく、「必殺技」と呼ばれる“レバーとボタンの複合入力技”を思うように繰り出し、画面内のキャラクターを少しずつ自分の思い通りに動かせるようになったころには、友人との対戦でたまに勝てるようになっていた。
“勝つ”ということはやはり楽しい。格闘ゲームの一番わかりやすい楽しみの一つである。またゲームセンターでは、向かい合わせの筐体(きょうたい)で見知らぬ人との対戦も発生する。見知らぬ人との対戦で、勝った負けたを繰り返しているうちに、格闘ゲームというツールを通じてコミュニケーションが発生する。筐体の向こう側にいる相手に対し「強いですね」とか「そこはこうしたほうが、よりよくなりますよ」というコミュニケーションが発生するのである。
 ちょっとした会話から、普段はまったく接点のない見知らぬ人同士が“知り合い”となり、「友人」へと変わるのだ。年齢も性別も職業も違う人同士が、ゲームというツールを通じて仲間へと変化していく過程も格闘ゲームの醍醐味の一つであり、当時のローカルなゲームセンターは、こうした「人と人との出会いの場」でもあった。
 格闘ゲームに夢中になっていく日々の過程で、私は「ゲームの大会」があることを知った。地元のローカルな大会ではあったが、一つの目標ができた私は、いつか大会に出てみたいと思いながら、大学4年の春、新たにゲームセンターでもアルバイトを始めた。ゲームに近い環境で働けたら絶対楽しい! と思って始めたのだが、そのお店の店長にゲーム大会の企画運営を勧められ、気づいたころにはプレイヤーでありながら、ゲーム大会運営者にもなっていた。
 ローカルなゲームセンターでの小規模な大会ではあったものの、一つひとつの勝負にさまざまなドラマが生まれ、人間模様があった。もう一撃も相手の攻撃をもらうことができない状態からの大逆転劇で参加者から歓声が上がったり、チーム戦で組んだチームメイト同士で熱い友情が芽生える……といった場面もしばしば。こうして手弁当ながらローカルな大会を運営することも、私のライフワークの一つとなっていた。ゲームを通じて人と人が出会い、たくさんの人の笑顔が見られる瞬間を作りだすことにとてもやりがいを感じた。
 その後まもなく、私自身も大会に参加するようになり、格闘ゲームを始めて1年半経ったころに大きな転機が訪れた。日本の男性トッププレイヤーに大会で勝利したのだ。その様子はインターネットを通じて世界中に発信されており、私は世界中の格闘ゲームファンに自身の存在を知ってもらうことができた。
 その試合がきっかけで、私は海外のゲーム大会に来てほしいというオファーをもらえるようになり、それとは別にその後、今所属している北米のプロチームのオーナーからスカウトされた。こうして、私はプロゲーマーになった。運と縁がタイミングよく重なり、チャンスをものにすることができたのだ。ただただ毎日楽しんでいたゲームが、そうして仕事になったのである。

いま世界で「e-sports」が熱い!(2)へ続く。

著者情報

プロゲーマー

百地裕子

ももち ゆうこ

1986年、兵庫県生まれ。中京大学体育学部卒業。2008年より対戦格闘ゲームを始め、国内大会でトップゲーマーに勝利して知名度を獲得。愛称は〈チョコブランカ〉。11年にプロゲーミングチーム「Evil Geniuses」(本拠地・アメリカ)からスカウトされ、日本人初の女性プロゲーマーとなる。17年には北米のプロゲーミングチーム「Echo Fox」に移籍。夫は同チームに所属するプロゲーマーの〈ももち〉こと百地祐輔。世界初の現役プロゲーマー夫婦として、15年に株式会社忍ismを設立。「ゲームと人を繋げる」をモットーに、世界で活躍できる後進の選手育成、ゲームコミュニティーを盛り上げるためのイベントの企画・運営に携わる。

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