障害者アスリートを支えるスポーツ義肢
臼井二美男(義肢装具サポートセンター 義肢装具研究室長・義肢装具士)
2016年リオデジャネイロ・パラリンピック、選手たちは障害をもちながら健常者に劣らない素晴らしい活躍を見せてくれるはずです。そんな彼らを支える「スポーツ義肢」とはどのようなものでしょう。
スポーツ義肢が登場する
失った手や足の代わりに装着する義手や義足を総称して義肢といいます。義肢は外見を補うだけでなく、患者さんの日常の動作をフォローする役割も備えています。
義足を例に取ると、患者さんが歩けるようになることが一つの大きな目的ですが、決して容易ではありません。リハビリテーションを続けて、ある程度歩けるようになるまで、3カ月はかかります。長ければ半年かかることもありますし、1年かかることさえあります。歩く動作をある程度取り戻すだけでも、たいへんな時間と労力を要するのです。
しかし、30年近く前のことです。ある海外の雑誌で、義足を着けたアメリカの患者さんがさっそうと走っている姿が紹介されていました。彼が着けているのは、「Jの字」の形をした板バネを足部とした義足で、「J」の短い側が足首の位置に固定され、長い側がつま先になった設計で、この板バネの反発力で地面を蹴って走る仕組みだといいます。
とはいえ、歩くことさえ大変な患者さんが走れるようになるなど、とても信じられません。
まずは1個手に入れてみると
さっそく、アメリカの義肢メーカーからくだんの「走れる義足」を取り寄せました。それを20代の女性の患者さんに試してもらったところ、たった5歩程度ながら、地面を蹴って走る動作を達成してくれました。足を失って10年ほども経ち、走ることなどあきらめていた彼女にとって、それがどれほど嬉しかったことか、あふれた涙を忘れられません。
義肢とトレーニング次第で、障害をもつ患者さんでもスポーツができるようになるのだと確信しました。筆者も1989年からスポーツ義肢の製作に取り組み、91年には、患者さんたちのための陸上競技クラブ「ヘルスエンジェルス」を創設しました。
現在では、スポーツの基本動作である走るための義足は進化を見せ、当初は足首から先だけに設けられていた足部も、ふくらはぎの辺りからつま先にかけて大きく「Jの字」を描く1枚の長い板バネを使うようになりました。この板バネには、軽くしなやかで高い強度をもつCFRP(carbon fiber reinforced plastic)というカーボン素材が使われ、大きく効率的にたわむため、体重のおよそ4倍にもなる走行時の加重エネルギーの80~90%を反発力、つまり地面を蹴る力に変換する性能を獲得しています。
スポーツ義肢はいろいろ
スポーツの種目に合わせて、義肢の種類もいろいろ登場しています。陸上競技でも、義足に限らず義手を着けた選手が活躍しています。「走るのに、なぜ義手が必要?」と思われるでしょうが、片方の腕を失った選手にとっては、本来と同じくらいの重さをもつ棒状の義手を装着したほうが、体幹が安定して速く走れるのです。短距離走でおなじみのクラウチングスタートの際も、両手を地面に付けたほうが体勢が安定して、速いスタートが切れます。
競技用の自転車などは健常者用のそれと同じく、足先をペダルに固定するビンディングシステムを採用していますので、自転車用の義足にも先端にクリートという連結板を付けて、安定してペダルを踏めるようにしてあります。こうしたハイスピードを競う競技では、ほかにスキーなどでもそうですが、空気抵抗を減らすために、細いパーツを使ったりスネの部分を薄くしたりする工夫も凝らされています。
ほかにも、スノーボードや登山に対応した義肢や、ボートやヨット、水泳用の義肢まで登場しています。
義肢装具士の腕の見せどころ
義肢には、腕や足の断端、つまり切断部分を挿入するソケットというカップ状のパーツが欠かせません。これは患者さんの体から型を取り、一点一点製作するもので、これに各種のパーツを組み合わせることで義肢が完成します。
特に気を配るのは、プラスチック製の硬いソケットに骨が当たる痛みをどう避けるかという点です。何より、骨の切断面には荷重がかからないように、別の場所に荷重を逃がすよう工夫しなければなりませんが、どこにどう逃がすかは、患者さんの手や足の形、切断の状況によって違います。また、朝は体がむくむようなこともあるので、そうした点も計算に入れる必要があります。
義肢の製作で一番重要なのは、痛みのない、いいソケットを作ることに尽きるのです。
患者さんは義肢を着ける際にシリコンライナーという、シリコンゴム製の大きな指サックのようなものを断端に装着します。これは肌に貼り付くように密着するので、巻き取ってはずさないかぎり、力を入れて引っぱっても脱げることはありませんし、適度に弾力があるため、ソケットから肌を守る効果もあります。先端には金属製のピンが付いていて、これがソケットを通ってロックされることで断端と義肢が固定されます。
義肢のセッティングはとてもシビアで、ほんの少しパーツの角度や長さが違うだけで違和感が生じ、運動に影響が及んでしまいます。そのため、一人一人に対し、時間をかけて三次元的な角度設定を絞り込まなければなりませんし、スポーツ義肢ともなると、調整の限界といえるまでの作業を行うことになります。
障害者アスリートが乗り越えるもの
ときに観戦する側をヒヤヒヤさせるほど激しく競い合う障害者アスリートたち。彼らが見せてくれるタフで激しい闘志を支えるものは何でしょうか。
事故や病気で手や足を失った患者さんのショックとダメージは、計り知れるものではありません。大切な体の一部を失ったことの喪失感はもちろん、それまで何気なくできていたいろいろなことができなくなって、自信も希望もそっくり失ってしまう人もいます。ふさぎ込んで、外出したり人と会ったりすることさえ気が引ける、そんな日々を送るようになる人も少なくありません。
それが、スポーツをきっかけに外出するようになり、自分と同じ境遇の人と出会い、あきらめていたことが少しずつできるようになっていく。こうした過程で患者さんが取り戻すのは、運動能力だけではありません。はじめは「何歩か走れるようになる」というくらいの目標ですが、これをクリアすることでつかんだ自信が、次の目標に挑戦する意志につながっていく。障害をマイナスで捉えていた思考も、やがて記録の更新を目指すようになり、自分の存在をアピールするまでにポジティブな思考へと変化していきます。
障害を背負っている彼らならではの不安も付きまといます。代償動作といって、義足の場合では「義足に4、健康な足に6」というように、健康な足のほうにより大きな負担がかかります。このように、一つの障害が次の障害につながってしまうリスクも伴っているのです。さらに、腫瘍などの病気で手や足を失った人は、常に再発の不安と向き合わなければなりません。
障害をもった人がスポーツに打ち込めるようになるまでの道程は、健常者のそれとは比べ物にならないほど長く、クリアしなければならないハードルの数もはるかに多いのです。それを乗り越え続けたからこそ得られた精神力が、あの闘志をみなぎらせたパフォーマンスにつながっているのでしょう。
スポーツ義肢への支援を
種目ごとにそれに合わせたスポーツ義肢があるわけですが、専用のパーツが豊富にそろっているわけではありません。実は、数少ない既製のパーツを加工することで、それぞれの種目に合わせた義肢を作るようにしています。
なぜかというと、生活用の義肢は障害者総合支援法(2013年、障害者自立支援法を改め、施行)によって患者さんの負担は実質1割ほどで済みますが、スポーツ用義肢には補助が出ず、全額自己負担になります。しかも原則現金払いとなると、患者さんの負担を軽くするためには、こうした方法が現実的なのです。
どれくらいの費用かといいますと、陸上競技用の義足の場合、板バネ1枚が安いものでも25万円、高いものでは70万円もします。ソケットの製作費や調整費などを含めると、だいたい80万円ぐらいになってしまい、簡単に工面できる金額とはいえません。
確かに、スポーツ用の義肢は日常生活に欠かせないものではありません。しかし、せめて義務教育を受けている子どもたちくらいには、公費での支援を求めたいところです。障害をもった子どもがスポーツに取り組みたいと希望するなら、その意思を支持するべきですし、たしなむなら子どものときから始めたほうがいいに決まっています。グラウンドの隅で体育の授業を見学するしかなかった子どもが、みんなといっしょに走ることができるような環境が整ったら、素晴らしいと思いませんか。中には才能をもった子どももいるはずです。障害者のスポーツ大会も増えている中、未来の選手育成の意味でも、早急に支援法の見直しを検討してもらいたいものです。
スポーツをはじめたい人たちへ
著者情報
義肢装具サポートセンター 義肢装具研究室長・義肢装具士
臼井二美男
うすい ふみお
1955年生まれ。大学中退後、28歳のとき、公益財団法人鉄道弘済会 義肢装具サポートセンターの前身となる東京身体障害者福祉センターに就職。89年、日本で初めてとなるスポーツ義肢の製作を開始し、91年には切断障害者陸上クラブ「ヘルスエンジェルス」を創設、代表を務める。2000年のシドニー・パラリンピック以降、日本代表選手のメカニックとして同行し、16年のリオデジャネイロ・パラリンピックでも選手たちを支える。
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