4K、8Kは必要か?
鴻池賢三(DAC JAPAN代表/THX認定ホームシアターデザイナー)
2011年7月24日、テレビの地上波放送はデジタル方式によるハイビジョン放送「地上デジタル放送(地デジ)」へと移行し、今日の公共放送の主役を担っている。この地上波放送のデジタル化は、利用する電波帯域の圧縮によって空いた帯域を携帯電話に融通するなど、高度情報化時代に備えた対策であったと同時に、ゴースト(二重像)やノイズをともなわない高精細な映像が届けられるようになったことで、視聴者に恩恵をもたらした。
そして、今話題となっているのが、さらなる高画質化へ向けた「4K」および「8K」の計画と、その賛否である。
4K、8Kは国策
そもそも4Kとは、現状のフルHD(フルハイビジョン=2K)の4倍、8KはフルHDの16倍の画素数をもつ超高精細映像である。過去を振り返っても、白黒からカラーへ、アナログからデジタルハイビジョンへと、技術の進歩にともなった放送の高画質化は自然な流れといえ、世界でも先進国を中心に、高精細化に向けた計画が進行中である。
そうした中、日本では、13年5月に総務省ICT成長戦略会議でロードマップが策定され、同年6月1日に次世代放送推進フォーラム(NexTV-F)が事業概要を発表した。世界で標準となりうる放送技術を確立し、世界へ打って出ようと、国策として動き出しているのだ。
4K化の必然性
一般の視聴者に「4Kや8Kは必要か?」とたずねれば、大半は「必要ない」と答えるだろう。テレビの買い替えが必要なのに加え、十分な視聴機会のない現時点では、フルHDとの違いが判断できないからだ。しかし、スマートフォンの画面を想像して欲しい。現在の高精細な画面に慣れると、一昔前の1個1個の画素のツブツブが見えるような画面には戻れない。新しい技術は常に要不要が論じられるが、広く普及すると当たり前になるものである。より高精細な4Kや8Kへ向かうのは、至極当然だ。
そしてたとえば、テレビの売れ筋サイズは、10年前では32型クラスだったのに対し、現在では価格の下落も後押しして、50型クラスへとシフトしている。32型から50型に買い替え、視聴距離が同じだと、フルHDの映像でも画素のツブツブが目立つようになってしまう。4Kテレビは画素の大きさが4分の1になるので、画質はともかく、画素のツブツブは目立たなくなる。フルHDを視聴する場合でも、4Kテレビの導入はメリットがあるのだ。
次に、CSデジタル衛星やインターネットを通じて開始されている「Channel 4K」の試験放送や「ひかりTV 4K」の配信では、フレームレートもフルHDの60i(1秒間に60フレーム〈30コマ相当〉で構成される映像)の2倍となる60pに引き上げられ、動きのある映像もより滑らかになっている。緻密で動きの滑らかな映像は、その場の空気感をも伝え、没入感や臨場感が高まる。サッカーなどのスポーツ中継では、ピッチ全体を捉えたロングショットでも、選手の表情やユニフォームの風合いまで感じ取れるほどだ。
8Kはオーバースペックか?
映像の高精細化の最終目標が8Kことスーパーハイビジョンだ。開発の中心を担うNHKの見解では、家庭における画面サイズとテレビまでの視聴距離を前提とした場合、8K以上の高精細は人間の視力では識別できないと結論付けている。8Kをターゲットにしているのには、一定の根拠があるのだ。
8Kの開発に付随する、さらなる映像圧縮技術や伝送技術の研究にも意義がある。こうした技術革新は、有限の通信容量の中で、いずれ4K放送の多チャンネル化や携帯機器での視聴品質の向上にも寄与するからだ。
また、音声の仕様も、22.2チャンネル、つまり22台のスピーカーと2台の低音用ウーファーで視聴者を取り囲み、360度包み込まれるような立体的な音場再現を目指すという。ただし、実際のところ、家庭に合計24台ものスピーカーを設置するのは不可能で、テレビの周囲に少数のスピーカーを配置する仮想立体音響システムも提案されている。また、実情に合わない22.2チャンネルを推し進めるよりは、CDを超える高音質として流行しているハイレゾことハイレゾリューションオーディオを採り入れるべきとの声も多い。
8Kになれば、壁面いっぱいに200型の画面を映し出しても、ほとんど画素が目立たないレベルに到達する。視野を覆う高精細な映像は、その場に居合わせたかのような感覚を生み出し、バーチャールリアリティーの領域に達するものと考えられる。8Kの実現で「見るテレビ」から「体感するテレビ」へと、テレビの用途自体が変わるかもしれない。
視聴者のコスト負担は?
現時点で発売されている多くの4Kテレビは、実は4K放送に対応するチューナーを内蔵していない。4K放送を試聴するためには、外付けチューナーやSTB(セット・トップ・ボックス テレビと接続する受信端末)を別途で購入する必要がある。4Kネット配信については、サービス事業者とテレビメーカーの連携により、4Kテレビ本体のみで再生できるようになる可能性が高いが、高速インターネット回線への加入が必要になるなど、別途のコストが発生する点で手軽とは言い難い。さらに、4K放送受信にまつわる月々の受信料や、高速インターネット回線の利用にかかる割高な料金も課題となりそうだ。
一方、4Kテレビの価格自体は下落傾向にある。現在、1インチ当たり5000円程度と、フルHDテレビに比べると割高ではあるが、技術が進展して量産が進めば、同じ水準まで下落すると見てよいだろう。
矛盾する技術面
4K、8Kは技術面で矛盾を抱えている。それは、膨大なデータを現実的な技術と通信容量の制約の中でコンパクトに伝送するための「動画圧縮」であり、この圧縮自体が画質劣化をともなう点だ。
たとえば、4K放送ではHEVC/H.265と呼ばれる新しい映像圧縮技術が採用される。この技術では、現在の地デジや衛星放送で用いられているMPEG2の約4倍も高効率な圧縮が可能とされているが、4Kの画質を十分に引き出すには70Mbps(1秒当たり7000万ビット)程度のビットレートが必要との見方が強い。一方で、放送に用いる衛星のトランスポンダー(中継増幅器)1台当たりの伝送容量は40.5Mbpsしかなく、実際には35Mbps程度での運用が見込まれている。
ところが、35Mbps程度で送出される4Kの試験放送を見ると、静止画に近い映像では十分な精細感が得られるものの、シーンの切り替わりや明暗の変化、画柄の変化が激しい場面ではブロック状のノイズやグラデーション部分に等高線のような縞模様が生じるなど、問題が多い。
さらに、インターネットを経由した4K配信においては、いっそう圧縮率を高め、25Mbp程度の伝送を想定している事業者が多い。もちろん、映像圧縮時のノウハウが蓄積されれば、幾分かの画質改善は期待できるが、画素数を多くするために圧縮率を高くして、そのせいで画質を劣化させるようでは本末転倒だ。
利用上の矛盾も
情報が一瞬で世界中に拡散するようになった現在、プライバシーの保護が社会的な課題となっている。地デジや衛星放送の番組においても、「街録り」でカメラに偶然映り込んでしまった人物の顔をはじめ、車のナンバープレートや電柱の電話番号が読み取れるほど解像度が向上し、その結果、ボカシ処理が施されるようになった。4K化でさらに解像度が高まれば、ボカシを入れる必要性もより増していくに違いない。
また、「スタジオ録り」の映像でも、出演者にとっては顔の小じわや毛穴まで映ってしまう問題がある。現在のハイビジョン放送でも、それらを目立たなくさせる「ハイビジョン対応ファンデーション」が利用されているほどで、4Kや8Kでは、特に女性の肌をデジタル処理で滑らかに見せる「美顔モード」のような技術も研究が進んでいる。だが、せっかくの高精細化も、デジタル処理でディテールを「なめす」ことになれば、意味がない。
鍵はネット伝送
放送に限らず、4Kや8Kをデジタル技術という大きな枠組みで見ると、技術の成熟へ向けた進展は早いと思われる。しかし、まだ放送方式も確定していない以上、今後の機能向上に合わせ、システムの頻繁な更新が求められるようになると考えられる。
たとえば、ソフトウエアをアップデートできるテレビ、外付けのチューナーやSTBの交換など、システムの更新に合わせて柔軟にアップグレードしていける視聴環境が前提となるだろう。
また、4K化や8K化には高速インターネット回線が一定の役割を担うものと考えられる。たとえば、通信容量を増強するために、放送波とインターネット回線の両方からデータを送信し、それらを統合して扱う方法も検討されている。
4Kは次のスタンダードになるのか?
現在スタンダードである地デジが、当面その地位を守るのは間違いない。放送インフラが整備され、全ての家庭で受信できるに至ったシステムが確立されたからである。あまりにハイスペックな8Kはさておき、4年前に全国へ行き渡ったばかりの地デジが、10年も経たずに4Kへ切り替わるとは考えられない。
4Kは、BSやCSなどの衛星放送やインターネット配信を中心に、希望する視聴者が任意で楽しむものとなるだろう。これは、現在の地デジ放送に対するBS/CS衛星放送といった関係性と変わりなく、無理のない考え方だ。
だが一方、一部の視聴者だけが楽しむ特別な4K放送と位置づけた場合、制作者や放送事業者がコストを回収できず、ビジネスとして成立しない懸念もある。
正直なところ、4Kや8Kは必要か?
著者情報
DAC JAPAN代表/THX認定ホームシアターデザイナー
鴻池賢三
こうのいけ けんぞう
1969年生まれ。大手AV機器メーカ一、米シリコンバレーの半導体ベンチャー企業を経て独立。商品企画・技術コンサルティング業を軸に、情報サイト『All About』をはじめ、新聞、雑誌、テレビなどでアドバイザーとして、また『ビジュアルグランプリ』(音元出版主催)の審査員、日本オーディオ協会「デジタルホームシアター普及委員会」委員を務めるなど幅広く活躍中。日本で唯一のISF認定映像調整技術者でもある。