女子はなぜ「イケメンだらけの花園」へ潜入したいのか?
藤田真文(法政大学社会学部教授)
女性が男性になりすまし「イケメンだらけの男社会」で生活する。そんなテレビドラマが目立った。これだけ同趣向の設定の作品があいついだのは偶然の産物なのか? 視聴者は何を求めているのか、その背景と心理を探る。
「男装で潜入」モテモテになるドラマ
2011年7月から、女性が男性になりすまして男性社会で生活するテレビドラマが同時期にあいついで放送された。その要因として直接的な影響力があったのは、10年に日本で巻き起こった韓流ドラマ「美男(イケメン)ですね」とチャン・グンソクブームである。09年に韓国SBSで放送された「美男ですね」は、10年7月からBSジャパンとフジテレビで放送され大きな反響を呼んだ。その後、11年1月と4月に2度にわたってフジテレビで再放送されたことからも人気のほどがわかる。
10年のチャン・グンソクブームが、11年になって「美男ですね」の日本版制作(TBS系)と設定がよく似た、「花ざかりの君たちへ」(フジテレビ系)のリメークにむすびついた。「桜蘭高校ホスト部」(TBS系)も、共通の物語構造をもっている。
もちろんイケメンだらけの男の園に紛れ込みたいという願望を満たす物語は、11年になって急に出てきたわけではない。10年に映画化されたよしながふみのマンガ「大奥」も、その願望を実現した男女逆転劇であった。2000年代に入ってから東アジア各国(日本、韓国、台湾)でドラマ交流が非常に活発になったが、ドラマ交流のそもそもそのきっかけを作った「花より男子」も、F4という学園を支配するイケメン集団に深くかかわっていく女の子、牧野つくしが主人公だった。
イケメン集団に囲まれる女の子
ここではまず考察対象を少しひろげて、「イケメン集団に囲まれる女の子」について考えてみよう。「花より男子」のイケメン集団F4の道明寺司は大財閥の御曹司。自己中心的で荒っぽく、女主人公の牧野つくしは最初強く反発する。一方、F4のメンバー花沢類は繊細で、つくしに優しく接し守ってくれる。つくしは最初のうち類を好きになるが、物語が進むにつれ嫌いだったはずの道明寺とひかれ合っていく。最初は対立関係にある自己中心的な男の子と、自分を守ってくれる優しい男の子がいて、“両方とも”自分を好きになり、時には自分を奪いあう
。このような「花より男子」の男女関係は、「花ざかりの君たちへ」でも、「美男ですね」でも同じようなパターンで繰り返される。
「花より男子」の道明寺(05、07年日本版では嵐の松本潤)、「美男ですね」のテギョン(韓国版ではチャン・グンソク)、「花ざかりの君たちへ」の佐野泉(08年日本版では小栗旬)は、似た性格をもった登場人物なのだ。自己中心的であったり影があったりする男の子との危うい恋にほんろうされながら、傷ついたときには、癒やしてくれる花沢類(花より男子)やカン・シヌ(美男ですね)や中津秀一(花ざかりへの君たちへ)がいる。女性にとってこれ以上ない恵まれた恋愛環境(?)ではないだろうか。イケメンだらけの花園でも、その中心にはしっかりとした三角関係がある。

性の超越というハラハラドキドキの仕掛け
ただ、「イケメンだらけの花園への潜入」には、単にイケメン集団に囲まれるということにとどまらない、さらに一段高度な仕掛けが待っている。男の園に紛れ込むためには、女主人公は性の超越を求められる。“女であることを隠し通さなければならない”のだ。「美男ですね」のコ・ミニョ(韓国版ではパク・シネ)は、双子の兄コ・ミナムに成りすますために髪を切り必死でボディーラインを隠す。「花ざかりへの君たちへ」の芦屋瑞稀(08年日本版では堀北真希)も同様だ。「花園への潜入」ドラマには、潜入した女の子になぜかひかれてしまい、自分は同性愛者なのかと悩む男の子が必ずといっていいほど登場する(多くの場合は脇役)。過剰なまでの同性愛恐怖症、それもこの種のドラマの論点の一つである。
それはともかく好きな人がすごく近くにいて、いつも同じ時間を過ごせるという理想の状態なのに(2つのドラマとも芸能事務所や学校の寮に同居するという設定)、自分は女だとは言えない。自分のことを好きになってほしい、でも女性だと気づかれたら二人の親密な関係は終わりを迎える。なんとも息苦しい宙づり状態が用意されている。それが「花園への潜入」ドラマの最大の魅力である。
花園潜入願望の底にあるもの
「冬のソナタ」ブームのころの韓流ドラマファンはほとんどが40代以上の女性とされていたが、「美男ですね」では20代、30代の女性にもファンのすそ野が広がった。
現代の女性は、なぜ「イケメンだらけの花園への潜入」を願望するのだろうか。一番の効用は「心の癒やし」であろう。子どもを慈しむ母性愛を持った存在として、あるいは男性優位社会の中で家族の身の回りの世話をする役割を求められ、女性は長い間「癒やす側」と位置づけられてきた。しかし、現代の日本では、多くの女性が男性並みに社会に出るようになった。特に変わったのは、新たな「花園への潜入」ドラマファンとなった20代・30代の女性である。総務省統計局の労働力調査によれば、10年前2001年の25~35歳女性の就業率は59.8%だったのに対し、10年には68.0%まで上昇している。他の層ではこのように大きな変動は見られない。
職場でのいろいろなストレスから、女性もまた「癒やされる側」となることを求めている。ただ、現実社会では必ずしもその願望はかなえられない。多くの職場は「男だらけ」ではあるが、花園ではない。女性はお茶くみや男性社員の業務のアシスタントなど「癒やす側」であることを職場でも求められている。そんな女性たちが、自分たちがひたすら「癒やされる」願望をマンガやドラマに求めているのではないだろうか。
イケメンだらけの花園は、もちろん夢の世界。だから花園に潜入するきっかけは、あえて意識的なのか、マンガチックなわざとらしさがある。「美男ですね」は人気グループに入るはずだった双子の兄の整形失敗、「花ざかりへの君たちへ」では、あこがれの男性に近づくためにわざわざアメリカから帰国して男子校に編入する。でもこのような過剰なほどのわざとらしさが、イケメンだらけの花園をより華麗な舞台にしていると言える。
著者情報
法政大学社会学部教授
藤田真文
ふじた まふみ
1959年生まれ。中央大学法学部政治学科卒業後、慶應義塾大学大学院法学研究科博士後期課程修了。常磐大学助教授等を経て、現職。専門はマス・コミュニケーション論、メディア論。著書に『ギフト、再配達―テレビ・テクスト分析入門』(2006年、せりか書房)、共著『ポピュラーTV―ポップカルチュア選書「レッセーの荒野」』(2009年、風塵社)、『プロセスが見えるメディア分析入門―コンテンツから日常を問い直す』(2009年、世界思想社) 、『メディアの卒論―テーマ・方法・実際』(ミネルヴァ書房、2010年)など。