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ケータイマンガが支える電子コミックビジネス

拡大を続けるビジネスの現状と課題

中野晴行(ノンフィクション・ライター、編集者)

 これまで日本の「電子書籍」を牽引(けんいん)してきたのは、「電子コミック」だった。スマートフォンやタブレット型PCの普及といったハード面をはじめ、流通、法律などを含めた環境面に大きな変化が起こりつつある現在、「電子コミック」が直面する課題は何か?

2015年の市場規模は2000億円に

 電子コミックの市場規模は、「電子コミックビジネス調査報告書2010」(インプレスR&D)によれば、2010年3月末現在で456億円。同書によれば09年における電子書籍全体の市場規模は574億円(総務省発表では555億円)で、日本の電子書籍市場はコミックに支えられている、と言えるだろう。さらに09年の内訳を見ると、電子コミックのうちPC向けに配信されるものは29億円、携帯電話向けに配信されるケータイコミックケータイマンガ)は428億円となっている。
 05年度の数字では、電子コミックの市場規模はわずかに34億円。うち、PC向け11億円に対して携帯電話向けは23億円だった。ところが07年度には、PC向け26億円に対して、ケータイコミック229億円と、わずか2年でケータイ向けが約10倍の市場規模に拡大している。このあとは伸び率こそ落ちているが、金額ではその後2年で約200億円増と、倍増する勢いである
 10年12月に野村総合研究所が発表したリポートでは、10年度の電子書籍の市場規模はソフト、ハードを合わせて928億円で、15年度には同3800億円にまで成長するとしている。うち、ソフトは2400億円だ。現状ではマンガが電子書籍全体の80%を占めており、単純計算で2000億円近い市場規模になる。これはアナログのマンガ出版市場のほぼ半分だ。

アナログとは違う読者層

 アナログのマンガ市場は年々縮小傾向にあり、電子コミックが紙媒体の読者を奪っている、という見方も一部にはあるが、電子コミックの読者は従来のマンガ読者ではなく、むしろマンガの新しい読者を開拓している、という見方のほうが一般的だ。携帯電話向けにマンガを配信するある業者は、ユーザーを対象にしたアンケートの結果などから、「これまで紙媒体ではマンガを読んでこなかった、あるいはある時期からマンガを読まなくなったユーザーが、携帯電話で手軽に読める電子コミックの読者になった」という分析を行っている。
 読まれている作品も、ケータイコミックはアダルト向けのものが多く、全コンテンツの80%以上がアダルトものとも言われている。少年向けマンガが市場の中心を形成するアナログの紙媒体とはやはりユーザー層が違うと考えられる。
 ケータイコミックの配信は、インフォコム、NTTソルマーレ、ビットウェイ、menue(50音順)などの配信会社によるものと、集英社や小学館、講談社などの出版社が直接配信するものがある。しかし、ユーザーは出版社が配信するものよりも、より多彩なコンテンツが集まる配信会社を利用する傾向にある。PC向け電子コミックのユーザーも、イーブック・イニシアティブ・ジャパンやパピレス、楽天ダウンロードなどの電子書店を利用するケースが多い。

端末では携帯電話がリード

 現在4万点以上のPC向け電子コミックを扱う大手のイーブック・イニシアティブ・ジャパンが創立したのは00年5月。またケータイコミック配信最大手のNTTソルマーレの創立は02年4月。さらに05年9月には、集英社、小学館、講談社など主要コミック出版9社が「デジタルコミック協議会」を設立するなど、電子コミックにとって、00年代は文字通り「ゼロ年代」だった。
 00年代の電子コミックの普及は、PC向けOSの「ウインドウズ2000」や「ウインドウズMe」の発売によりパソコンがネット環境でも使いやすくなったことや、ADSLや光ケーブルなどの通信インフラが整備されたことによって急速に進んだ、と考えることができる。
 しかし日本では、PC向け電子コミック市場はその後あまり成長せず、代わって携帯電話向けのケータイコミック市場が急成長したのが特徴と言えるだろう。
 日本では現在、携帯電話がほぼひとりに1台まで行き渡っており、最も普及率の高いデジタル端末だ。ケータイコミックが電子コミック、さらには電子書籍の市場拡大を引っぱってきた原因は、ここにあると考えられる。コンテンツへの課金という面でも、ケータイコミックは有利だ。コンテンツの利用料金を通話料金に上乗せして請求できるからである。PC向けの電子コミックを読むためにはクレジットカードやプリペイドカードなどが必要になるが、ケータイコミックは携帯電話の契約さえあれば読むことができる。この手軽さがうけたわけだ。

電子コミックの新しい動き

 10年は、アマゾンの読書端末Kindleやアップルの多目的端末iPadの登場を契機に、日本でも新たな電子出版ブームが起きた。これまで電子出版には消極的だった大手出版社や大手出版流通、印刷会社などがこぞって電子出版ビジネスに力を入れ始め、通信会社を含めた業界を超えたコラボレーションも進んでいる。11年6月1日現在、「デジタルコミック協議会」参加出版社は、38社にまで拡大した。端末をつくるメーカーも、テレビやパソコンに代わる新たな収益分野として、スマートフォンやタブレット型端末に期待を寄せている。ハードや流通のこうした動きを受け、電子コミック市場はこれからさらに拡大すると期待されている。
 また、マンガ家側からも新しい動きが出ている。10年1月に、マンガ家として最初にKindle向けのオリジナル作品「青空ファインダーロック」を発表したうめや、自作のデジタル版を自らのサイトで配信する「海猿」「ブラックジャックによろしく」の作者佐藤秀峰、絶版マンガのデジタル配信をユーザーの協力で進める「Jコミ」を立ち上げた「ラブひな」の作者赤松健などである。
 一方で、ユーザーフレンドリーな課金システムの構築や、データ形式の統一化などの課題も見えてきた。携帯電話のフィルタリングサービスの導入や、10年に可決された東京都青少年健全育成条例改正による性表現への規制などの動きも、ケータイコミックのアダルト率が高いだけに気になる。さらに、ユーザーが個人で本をデジタルデータ化する「自炊」が普及し、本も含めた自炊サービスを行う店舗が登場するなど、著作権上の問題も出てきた。
 電子コミック市場のさらなる拡大には、これらの課題克服も避けて通れないだろう。

著者情報

ノンフィクション・ライター、編集者

中野晴行

なかの はるゆき

1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒。7年間の銀行員生活を経て編集プロダクションを設立。主著に『マンガ産業論』(2004年、筑摩書房)、『謎のマンガ家・酒井七馬伝』(07年、筑摩書房)、『マンガ進化論』(09年、ブルース・インターアクションズ)、『「はとバス」六〇年 昭和、平成の東京を走る』(10年、祥伝社)、『まんがのソムリエ』(14年、小学館クリエイティブ)、『やなせたかし 愛と勇気を子どもたちに』(16年、あかね書房)など。他にも監修で『漫画家たちが描いた日本の歴史(全6巻)』(14年、金の星社)がある。『マンガ産業論』で05年日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞、『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で08年度日本漫画家協会賞特別賞受賞。京都精華大学マンガ学部客員教授、デジタルハリウッド大学客員教授。また、12~17年には手塚治虫文化賞選考委員。

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