「ミュージカル・テニスの王子様」の奇跡
鈴木国男(共立女子大学文芸学部教授)
ジャニーズ系ではない若手イケメン俳優の登竜門の一つ「ミュージカル・テニスの王子様」の高い人気が続いている。観客層は比較的若いが、お金と時間のありったけをつぎ込んで追っかけている人も多いと聞く。その人気の秘密はどこにあるのか。
マンガ原作からの多彩な広がり
「ハンカチ王子」「はにかみ王子」はては「絆創膏(ばんそうこう)王子」に至るまで、王子様ブームの元祖ともいえる、許斐剛(このみ・たけし)作の漫画「テニスの王子様」は、1998年から2008年まで「週刊少年ジャンプ」に掲載され、集英社発行の単行本は42冊に上り、ベストセラーとなっている。さらに09年3月からは、「ジャンプスクエア」に「新テニスの王子様」の連載も始まった。
その後、テレビアニメ、劇場版アニメ、実写映画、ゲーム、そして舞台ミュージカルが制作され、いずれも広範な人気を博して、いわゆるメディアミックスの代表的な成功例とされている。08年には中国で実写ドラマも作られた。
特にミュージカルは、回を追うごとに人気が高まり、今ではコアなファン層を作り出している。ディズニーや手塚治虫の例を引くまでもなく、マンガとアニメーションはメディアとして近しい関係にあり、両者相まった成功例は枚挙にいとまなく、現代の日本文化を代表するジャンルとして世界に向けて発信されていることは、よく知られているが、舞台、特にミュージカルへの展開となると、克服すべき課題は多く、その例は少ない。
まず思い出されるのは「ベルサイユのばら」であり、1974年以来、宝塚歌劇団によって度々舞台化され、現在に至っている。「美少女戦士セーラームーン」も93年から2005年まで上演を重ねた。しかし、03年から今日まで連綿として上演が続き、略称「テニミュ」で親しまれる「ミュージカル・テニスの王子様」は、それらの先行例とは異なった独自の進化を遂げ、現代演劇に新たな可能性を拓いたといっても過言ではない。
人気沸騰! 舞台の秘密とは
ストーリーは原作に忠実である。中学1年生ながら天才的なテニスプレーヤーである越前リョーマが、名門の青春学園(青学)テニス部に入り、チームがその年の全国大会で優勝するまでの数カ月間の出来事であり、ほとんどの場面がテニスの試合に費やされる。青学ばかりか対戦する各チームにも、天才プレーヤーが次々と登場し、それら個性的なイケメン男子が、さまざまな人間模様と、超絶的な技を繰り広げる。そうしたいくつもの強豪チームとの対戦が、いわば連載公演として何年も続いているのである。


マンガやアニメならうってつけの題材だが、舞台ではどうか。演出・振付の上島雪夫、音楽の佐橋俊彦、作詞の三ツ矢雄二を中心とした制作チームは、多くの制約をクリアし、再演を重ねながら独自の舞台を創造した。実演では再現しにくいテニスプレー、まして時に荒唐無稽な超人的テクニックすら、シンプルながら細かな工夫の凝らされた装置、照明、レーザー、音響などを駆使したイリュージョンによって実現する。ラケットというアクセントを巧みに生かして、球を打つという単調な行為を鮮やかな振りに変える。
努力と友情という古典的なスポーツもののテーマも、明るい歌詞と音楽に昇華し、シングルスないしはダブルスというシンプルな対面型の試合の特徴を生かし、千変万化のバリエーションを生み出しながらも、肉体性や闘争性、すなわち生々しい血や汗のイメージを排除し、激しく個性的ながらもベストを尽くしたフェアプレーが展開されるのである。
キャスティングはオーディション
何よりも、個性あふれるイケメンぞろいの選手たちのイメージにあったキャスティングが、毎回のオーディションでなされる意味が大きい。次々に登場する少数の、そして役としてはほぼ対等なチームメートたち。試合ごとに(つまり公演ごとに)対戦する相手チームが登場し、去ってゆく。青学メンバーも何代かの入れ替わりが行われている。女性の観客が、キャラクターとキャストが相まったイメージの中に、かならず自分の好みを発見し、確実にその活躍が見られるという楽しみは、宝塚以上であろう。
いま現在、テレビや舞台で活躍する、城田優、伊礼彼方、斎藤工、小谷嘉一、宮野真守などもここから巣立ち、若手タレントの登竜門にもなっている。
制約を利点に変えた創造性
完成度の高いミュージカルは一朝一夕には作れない。ブロードウェイのように、膨大な資金と人的資源そして時間を投入した上で、激しい競争を勝ち抜いた作品だけがロングランとなり、投資を回収し歴史に名を残すことができるという現実がそれを物語っている。活況を呈する日本のミュージカル界も、作品自体は圧倒的な輸入超過であり、再演に堪えるオリジナル作品は、宝塚や劇団四季などによる少数のものに過ぎない。
そうした中で、「テニミュ」は、原作の持つ制約を巧みに利点に変換し、一定の観客層が、常に一定の期待を抱いて劇場に足を運び、必ずそれを満足させるという構造を作り出した。生の舞台上に、独自の世界とスタイルを構築し得たと言ってもよい。それを保持しつつも、絶えず新しい血を注ぎ、テクニックを開発することによってリフレッシュを図っている。その嗜好は時代にもかない、ライブ芸術の特質を最大限に発揮して健全な癒やしの場を作り出しているともいえるだろう。真のメディアミックスとは、同じ題材を複数のメディアで展開するだけではなく、それぞれのメディアの特性を生かした新しい創造を目指すことだとすれば、その優れた例であると言うこともできる。
テニミュの更なる可能性
09年、物語はついにクライマックスを迎え、全国大会で3連覇を目指す強豪・立海に青学が挑む決勝戦最後の試合に到達する。「The Final Match 立海 Second feat The Rivals」と銘打たれた公演は、12月に東京で始まり、大阪、名古屋、金沢、広島、福岡、仙台を回り、10年3月に東京凱旋公演の千秋楽を迎える。その模様は、「ライブビューイング」として全国の映画館で中継されるはずである。さらに、その後、再び最初からの軌跡をたどるのか、あるいは「新テニスの王子様」の舞台化がなされるのかも、注目を集めている。
著者情報
共立女子大学文芸学部教授
鈴木国男
すずき くにお
東京大学文学部卒。同大学院博士課程中退。ローマ大学演劇研究所に留学。イタリア演劇専攻。日本演劇学会理事・イタリア学会会員・歌舞伎学会会員。