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サイエンス

日本列島を襲った巨大津波地震の記憶

津波堆積物から明らかになる津波襲来の危険度

島崎邦彦(地震予知連絡会会長 東京大学名誉教授)

 日本の地震観測史上最大の、マグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震は、巨大津波の恐ろしさを示すとともに、これまでの地震学の知見を大幅に修正するものであった。海溝最深部に潜んでいた、津波地震の謎が解き明かされるとともに、従来の津波防災の見直しが各地で求められている。

3.11巨大津波は二種類あった

 2011年3月11日に発生した巨大地震(東北地方太平洋沖地震)に伴う津波は、二種類の津波の同時発生によるものであった。一つは、広い陸地を浸水する津波で、宮城県から福島県の海岸を襲った西暦869年(貞観じょうがん)の貞観津波に類似している。もう一つは、岩手県宮古市田老(たろう)地区の高さ10メートルの堤防を越えた、破壊力のある高い津波で、1896年(明治)の三陸津波地震(明治三陸津波)と同様の、津波地震によるものと考えられる。どちらの津波も、太平洋プレートが日本海溝から沈み込む際に起こる地震による。
 前者の津波は、広大な海底が一度に上昇したために発生した。プレート境界の浅部から深部までを一度に破壊する地震が発生したからである。長時間、高い水位を保つ津波となり、海岸から4~5キロ離れた陸地にまで浸水した。一方後者の津波、高く破壊力のある津波は、海溝やトラフ(堆積〈たいせき〉物で埋められた海溝)付近で起こる津波地震による。揺れは小さいものの大きな津波で甚大な被害を起こす、特殊な地震で、専門用語で「津波地震」と呼ばれる。

日本海溝と津波地震の謎

 充実した日本の地震観測網は、これまで知られていなかった津波地震の実像を示した。それは海底の、常識を超える大きな動きである。東北地方の太平洋岸は日本海溝(東の方向)へ最大約5メートル動いたが、沖合の海底は、さらに大きく日本海溝の方向に動いた。その動きは、日本海溝に近づくほど大きく、海岸から約100キロの沖合では、23~24メートルも動いた。日本海溝付近のプレートの境界でのずれの量は、50メートルを超えると推定されている。このような大きな移動に伴って、海溝付近の海底は約7メートル上昇し、その結果、海岸で高さ25メートルを越える、破壊的な津波となった。
 これまでの地震学の常識では、海溝付近のプレート境界は、ほとんど地震を起こさずに、ゆっくりとずれていると考えられていた。しかし、実際には、ずれることなく、長期間エネルギーをため込んで数百年に1回、巨大な津波地震を発生する。

弱い揺れの津波地震は要注意

 今回の3.11津波地震は、岩手県南部から宮城県北部の沖合にあたる日本海溝付近で発生したと考えられるが、この地域以外でも、同様な津波地震の発生が考えられる。
 明治の三陸津波地震は、今回とほぼ同規模で、北隣にあたる部分で発生した可能性が高い。また1677年(延宝えんぽう)の津波地震(延宝の津波)は、日本海溝の南端付近で発生したようだ。さらに1611年(慶長)の津波地震(慶長の津波)があり、その発生域はいまだ明らかとなっていない。日本海溝沿いのどの地域でも、今回と同様な津波地震の発生を考慮した津波防災対策が必要である。津波地震が単独で発生した場合には、揺れが通常の地震より弱いために大津波が来るとは思わず、避難が遅れる恐れがある。揺れが小さくとも長く続く場合には、いち早く避難する方が安全である。

千島海溝の津波地震

 これまで知られている過去の津波についても、改めて見直す必要がある。
 北海道の十勝沖から根室沖の海域では、400~500年の間隔で海岸から1~4キロ離れた地域まで浸水する津波が繰り返し発生している。最後の津波発生の17世紀から、約400年経過しており、次の発生が心配だ。17世紀の津波堆積物は、十勝海岸の高さ15メートルを超えるがけの上から発見されている。この地震も、3.11地震同様、浸水域が広いだけでなく、破壊的な、高い津波を伴ったのではないだろうか。北海道を含む東日本の太平洋岸では3.11規模の津波を想定する必要があるだろう。

南海トラフの津波地震

 東海地方から四国にかけての沖合でも津波地震の発生を考えなければならない。
 1605年(慶長)の地震では揺れによる被害の報告はなく、津波によって大きな被害がもたらされたことから、典型的な津波地震と考えられている。1707年(宝永)の地震では、特に四国から九州にかけて大きな津波が記録され(宝永の津波)、1498年(明応)の地震では、静岡県から三重県にかけての津波被害が甚大であった(明応の津波)。このような地震も津波地震を伴ったのではないだろうか。南海トラフ付近では、どこでも津波地震が発生すると考えるべきである。

沖縄、日本海でも巨大津波

 1703年(元禄)の関東地震では、房総半島の太平洋岸で、津波による甚大な被害が記録されている。相模トラフでも津波地震の発生を考慮する必要があるだろう。また、房総沖の日本海溝付近で津波地震が発生すれば、房総半島の太平洋岸で甚大な被害が予想される。この点にも注意が必要だろう。
 南西諸島海溝では、フィリピン海プレートの沈み込みによる地震活動が、他地域と比べて低い。しかし、1771年(明和)の八重山津波(明和の津波)のように高さ40メートルの津波が記録されていることから、海溝付近での津波地震発生の可能性を考慮する必要があるだろう。
 太平洋岸だけではない。日本海北東部では、1983年の日本海中部地震や93年の北海道南西沖地震など、過去に大きな津波が知られている。また、秋田県沖や佐渡島北方沖でも大地震が予測されている。
 日本海南西部では地震活動が低いと考えられていたが、沿岸域での活動による津波を考慮する必要がある。伝承のみしか知られていなかった1026年(万寿まんじゅ)の万寿の大津波は、島根県益田市における津波堆積物調査によって、その実在が明らかにされている。
 以上のように千島海溝、日本海溝、相模トラフ、南海トラフ、南西諸島海溝付近では、破壊力が強く高い津波をもたらす、津波地震の発生を今後も考慮し、対策を立てる必要がある。沖合に海溝やトラフのない日本海でも、津波防災を再考しなければならない。

著者情報

地震予知連絡会会長 東京大学名誉教授

島崎邦彦

しまざき くにひこ

1946年生まれ。東京大学理学部卒。主な著書に『地震と断層』(1994年、東京大学出版会)、『活断層とは何か』(1996年、東京大学出版会)、『あした起きてもおかしくない大地震』 (2001年、集英社)(ともに共著)など。

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