仏像は進化する! アンドロイド観音「マインダー」がもたらす衝撃
(構成・文/濱野ちひろ)

アンドロイド観音「マインダー」。京都・高台寺にて2019年5月6日まで、「マインダー」による般若心経についての法話を聴くことができる。
アンドロイド観音「マインダー」とは何か
少年とも女性とも見える柔和な顔に、機械部分がむき出しの脳、腕と胴体。腰から下は素っ気なくも思える鋼の板。脚をデフォルメした直線的なラインは、それが「ロボット」であることを強調しているかのようだ。アンドロイド観音「マインダー」は、京都東山にある高台寺が2019年春に完成させ、開眼法要も行った新しい観音菩薩像である。プロジェクション・マッピングによる映像とともに、マインダーは法話を行う。その声は女性のようにも聞こえる合成音声だ。マインダーの言葉は仏典『般若心経』をわかりやすく伝えることを目的としている。
シリコンで覆われている部分は、顔と首回り、手だけ。マインダーはまばたきもするし、微細な動きで笑顔に見える表情をときどきつくる。四方の壁いっぱいに映し出される映像では、その法話に耳を傾け質問を行う人々が映し出されている。マインダーは映像のなかの発言者と目を合わせる動きをし、対話をする。現実の参拝者はそのただなかに座り、アンドロイド観音と映像と音声が織りなす説法ワールドに約20分間浸るという仕組みだ。
アンドロイドが仏の心を説いてよいのか
アンドロイド(人間に似たロボット)で仏像を造るという試みは斬新で、世界から注目された。複数の欧米メディアが取材に訪れているという。その際の反応には、「なんでこんなことを! 人間が作るアンドロイドが、神仏になってよいものか」といった、当惑するような意見もあったという。
アンドロイドが仏の心を説いてはいけないのだろうか? 高台寺の試みが一部の人々の神経を逆なでする理由はなんだろう。アンドロイド観音「マインダー」の発案者であり、製作チームを牽引した高台寺の前執事長、後藤典生和尚はこう話す。
「どうやら西洋の方々はロボットというと、脅威の対象のようですね。いずれ進化したAIが人類を侵略するとか、そういったイメージが強いようです。私のイメージとは全く違いますね。『鉄人28号』や『鉄腕アトム』、そういったマンガやアニメに親しんできた私としては、ロボットはむしろ人間の友達」
ロボットが人類を滅ぼすわけがない、と後藤和尚は豪快に笑う。
「批判的なのは欧米のメディアだけじゃないですよ。“あんた、自分がラクしようと思ってロボットを作ったんやろ”、なんて言われたりもしましたよ。違いますよ」
なぜ観音がアンドロイドになったのか
後藤和尚に「アンドロイド観音」のアイディアが閃いたのには、仏教が歩んできた歴史と関係がある。
「はじめ、仏教は仏典だけ、つまり文字だけで伝えられるものでした。しかしそのうち、仏画が描かれるようになり、続いてレリーフが作られた。その後、仏像が造られるようになった。だんだん進化をしてきたわけです。仏像ができたときは、それこそ画期的だった。仏教が身近になり、爆発的に広まったのですから」と後藤和尚。

後藤典生高台寺前執事長
仏像の進化の先にアンドロイド観音があるのは必然、と和尚は考えている。この考えに賛同したのが、大阪大学大学院基礎工学研究科の研究者、小川浩平さんだ。
「後藤和尚の仏教の進化のお話が、我々の研究の方向性と合致したんです。文字だけだったものが、まず絵になった。すると人々がわっと集まって人気になった。そこから何百年後かに、レリーフになった。当時のクリエイティブな人間が、“これ、立体にしたらもっと人が集まるのでは?”と考えたんでしょうね。そしてまた時間がたって、またも創造的な誰かが“これ、3Dにしたらもっといいんじゃないか?”と思いついて、仏像にした。すると大流行して今に至っている。じゃ、現代ではどうなるんだというと、それはもうロボットでしょう。仏像の次はしゃべって動くしかない。後藤和尚によれば、観音様はフレキシブルな存在らしくて、人それぞれに合った最適な姿で現れるそうですよ」
マインダーによる法話も、「観音菩薩である私は、時空を超えてなんにでも変身することができる。ご覧の通り、人々の関心を集めるアンドロイドの姿であなたたちと向き合うことにした」という自己紹介から始まる。これは重要なポイントだ。マインダーとは「アンドロイドが観音になっている」のではなく、「観音がアンドロイドになっている」のだ。
後藤和尚は眉をひそめて困ったというように、こう話した。
「“観音様なら袈裟(けさ)を着ていないとおかしい”などとおっしゃる方もいますけどね。そうするとアンドロイドで従来どおりの観音様の身代わりをつくることになるでしょう。そうじゃないんです」
観音菩薩が現代人に合わせてあえてロボット然とした姿に変身したのが、マインダー。後藤和尚は「何十年来懸念し続けた、人々の宗教離れを食い止めるひとつの方法として」マインダーの製作に踏み切ったという。

開発担当者が語る、機械むき出しの姿から生まれる想像力
小川さんは、「全身をシリコンで覆うのではなく、あえて機械であることを強調した造形にしている。そのほうが人に想像の余地を残せるから。それに、明らかにロボットに見えるものが“色即是空”なんて言い始めると、すごく想像力がかき立てられるでしょ」と言う。10年以上アンドロイド開発に携わってきたその発想力と技術力を、マインダーに込めている。
「実は、人間って想像力で他者と関わっているのだというのが、これまでの研究を踏まえた仮説です。ロボット研究者である大阪大学の石黒浩教授が開発した“テレノイド”というロボットがあるのですが、これは見た目から性別、年齢、人種を類推できない顔かたちになっています。逆に言えば、テレノイドは誰にでもなれるロボットなんです。現段階では老人ホームでもっとも使用されているんですが、ご老人方はテレノイドを抱きかかえて“あんたをこうやって抱いたのは20年ぶりよ”とつぶやいて涙したりする。このとき、そのご老人にとってテレノイドはかつてのわが子になっている。想像力によって補完されて、テレノイドがわが子に見え、癒やされるというわけです。これ、まさに“どんなものにも変身できる観音様”と同じですよね」

「マインダー」の開発を担当した石黒研究室の小川浩平講師とテレノイド
人は想像力によって、対象を自分にとっての理想的な存在に補完していくと、小川さんは言う。身近な具体例が、サポートセンターでの電話だ。サポートセンターで優しく美しい声の女性に対応された場合、人は「ネガティブなことを考えるよりも好印象を抱くことが多いので、コミュニケーションがスムーズになりやすい」。このように、人間は往々にして自分に都合よく対象を解釈し、自分に引きつけ、共感を抱く。
「ですから、人間の想像力を喚起する見た目やデザインにすることは、実はコミュニケーションをうまく運ばせるコツなんですよ」
その考え方が、マインダーにも投影されている。
「見る人に親近感を抱いてもらうために、マインダーも誰にでも見えることが重要なんですが、かといって、デフォルメしすぎてもいけない。究極的に言えば、単なる丸いボールにスピーカーを入れてしゃべらせてみたとして、それはいきすぎなんですよ。想像力が追いつかず、丸いボールを観音様だと感じることはできないでしょう。ですから、想像力を働かせやすくするためのトリガーが必要なんですよ。
マインダーは、横から見るとくびれがあります。女性的なラインを表現しています。しかし、肩のあたりはがっしりとして、男性的です。見る人が女性だと想像したければ女性に、男性だと想像したければ男性に見えてくるというわけです」

横から見たマインダーの胴体部分
「現実のなかの非日常」アンドロイド観音がもたらす“新世界”
確かに、マインダーは“誰かに似ている”が“誰にも似ていない”とも思えるような、不思議な存在感を放つ。しかしこのインパクトが見た目だけから生じているとも思いにくい。法話を拝聴していて、個人的には、なんとも表現しにくい落ちつかなさを感じたし、違和感もあった。この感覚は、どこから来るものなのだろう。
「僕なりの仮説を説明します。世界を4象限に分けてみましょう。横軸が日常と非日常、縦軸が現実と非現実とします。日常であり現実、というのは普段の実生活ですね。非日常で非現実というのは、いわゆるゲームの世界。たとえば『ドラゴンクエスト』でドラゴンを倒しに行くという経験が、ここです。では、「非日常で現実」はというと、最近のVR(ヴァーチャル・リアリティー)だと思います。VRでは、コンピューターによってつくられた仮想現実をあたかも現実世界のように体感できる。ゴーグルをつけて、F1レーサーになったつもりで仮想現実で車を運転してみるとか、そういった経験ですね。では、非現実で日常とはなにかと考えてみると、実はこれ、まだ誰もやっていなかったことなんです。それがマインダーだと思います」

著者情報
大阪大学大学院基礎工学研究科講師
小川浩平
おがわ こうへい
1982年、愛知県生まれ。2010年公立はこだて未来大学大学院博士後期課程修了。博士(システム情報科学)。ATR知能ロボティクス研究所研究員などを経て、2017年より現職。
高台寺前執事長
後藤典生
ごとう てんしょう
1948年、京都生まれ。立命館大学法学部卒業。1994年に高台寺・圓徳院住職となる。臨済宗高等布教師、臨済宗連合各派巡教師、永興小金塚保育園園長、高台寺執事長などを歴任。観光庁のVISIT JAPAN大使も務める