地盤陥没が今日もどこかで
桑野玲子(東京大学生産技術研究所教授)
ある日、突然にして地面がくぼんでしまう「地盤陥没」という不思議な現象をご存じでしょうか。つまずくくらいの小さな陥没は日本のそこかしこでも日々発生していますし、外国では10メートル単位もの大きな陥没が、人や車、家までものみ込む被害をもたらしています。私達の生活を脅かしかねない地盤陥没は“対岸の火事”ではありません。地面の下で何が起こっているのでしょうか?
世界で頻発する巨大陥没
「地盤」というと、揺るぎない確実なものの例えとしてよく用いられ、多くの人は“地に足つけて”いれば安心と思うでしょう。足元の地面が突如無くなる可能性など想像すらしないと思いますが、その信じられないような現象が現実に世界各地で起こっています。
「写真1」は、2015年11月9日、アメリカのミシシッピ州にある、新しく開店したばかりのパンケーキ店の駐車場で、地下に埋設されていた排水暗渠(はいすいあんきょ 地下の水路)が崩壊したことにより、10×120×深さ4.5メートルの陥没が起こったものです。車14台が穴に転落しましたが、さいわいけが人はいませんでした。
また、「写真2」はネパールのポカラ郊外で13年11月より多発している陥没孔です。直径数メートル~十数メートル、深さ2~5メートル程度の穴が1週間くらいの間に次々と200個あまり出現し、埋め戻しても、雨期を経て翌年、翌々年に再び陥没が起きています。これまでけが人はいませんが、小屋が丸ごと穴に落ちて埋まったり、家が傾いたりして住民は不安を抱えています。詳しい原因と対策は、現在調査中です。
日本でも09年4月に、北海道のゴルフ場でプレー中の人が穴を踏み抜いて転落し、死亡するという事故が起きました。造成した盛土内でいつのまにか「水みち」が発達して土砂が流出し、地下に「図表1」のような大きな穴ができてしまったと推定されます。
これらは、自然にできた落とし穴ともいえるような現象で、陥没が起きる前にはほとんどの場合、地下に空洞ができています。空洞が小さく深いところにとどまっていれば地表に影響を及ぼすことはありませんが、浅いところにあると土が空洞の天井部分を支えることができなくなり陥没に至ります。陥没寸前の状態を“知らぬが仏”で人や車が通行することもありえるのです。
深い空洞も安心というわけではありません。「図表2」のように何らかの原因で生成した空洞が、最初は小さくて深いところにあっても、降雨の浸透や地下水の上昇・下降により空洞の天井部分が順次崩落し、大きく成長したり上方へ進展したりということもあります。地表面近くまで空洞や地盤のゆるみが到達すると陥没に至ります。
陥没の原因となる空洞
地盤陥没を引き起こすような空洞はどうしてできるのでしょうか? 空洞は主に、自然にできたものと人工的に作られたものに大別されます。自然生成の空洞の代表的な例として、石灰岩など水に溶けやすい岩石が浸食されてできた洞窟があげられ、アメリカのフロリダではこれにより建物が丸ごとを飲み込まれるような大きな陥没がしばしば起こっています。前述のネパールのポカラ郊外での多発陥没も自然生成空洞によるもので、扇状地に堆積したシルト層(粘土と砂の中間の粒径をもつ土)が伏流水によって地下で浸食されたものと推定されています。原因はよくわかっていませんが、07年、10年に、グアテマラの首都のグアテマラシティで大雨のあと、直径約20メートル、深さ60~100メートルの陥没孔が出現しました。一般に自然生成の空洞は生成・進展に長い時間を要し、それによる陥没の規模も大きいことが特徴です。
一方、地盤内に人工的に作られた空洞にはさまざまなものがあります。採石跡や鉱山の洞道、防空壕(ごう)や軍用トンネル、水道・下水・電気・通信などインフラ関連の埋設構造物、土構造物内に設けられた排水設備など、目的や用途によって規模や深度、構造形式は異なります。もちろん、これらの「人工空洞」は、もともと目的や機能を果たすために意図的に建設されたものですから、それぞれの用途に応じて適切に管理され健全な状態に保たれていれば、地盤陥没問題の直接の原因になることはありません。しかし、古くて忘れられ管理されていなかったり、老朽化や他の原因による劣化の状況が把握されていなかったりすると、知らない間に破損して空洞が上方に波及し、突然陥没となって現れることがあります。冒頭に紹介したアメリカのパンケーキ店での陥没例も、地下に埋設された排水暗渠が崩壊したことによるものだそうです。
都市における地盤陥没の特徴
自然生成の空洞による地盤陥没は、地質・地形などの条件から、発生しやすい地域がある程度絞れます。たとえば、フロリダで起きているようなカルスト地(石灰岩地帯に特有の、雨水や地下水により浸食されている地質)のタイプの陥没は東京では起こらないと思われます。しかし、都市部における人工地下埋設物に起因する陥没は、人間の生活圏においてどこにでも起こりうるといえます。特に、成熟した都市ではインフラの老朽化にともなう道路陥没が頻発しています。東京では、1980年代に道路陥没が相次いで起こり、それが路面下空洞調査の実施のきっかけとなりました。東京都の2001~09年度の空洞調査で確認された1018件の空洞の発生要因は、
(1)下水道および雨水取り付け管などの破損が要因となった空洞:28%
(2)埋め戻し不良:32%
(3)地下埋設物輻輳(ふくそう 1カ所への集中):14%
ということで、地下埋設物に起因する空洞が多くを占めていることがわかります(内山・大石〈2012〉:「4.路面下空洞の開削状況調査結果、東京都土木技術支援・人材育成センター平成24年度年報」による)。
また、「図表3」のように、埋設物に破損箇所がなくても空洞が発生する場合が多いという事実も注目すべきでしょう。
都市部において、下水管の老朽化と道路陥没には相関があり、供用後25~30年を経過すると路面陥没発生件数が増加します。管渠(地中に埋設した排水管)の軽微な損傷でも長年放置しておくと陥没に至ることがあります。また、空洞の拡大や進展には水が深く関わっており、路面陥没の発生は降雨時や降雨後に多いことがわかっています。地盤内に水の通りやすい「水みち」がいつのまにかでき、土砂が流出して空洞が発生することも考えられます。近年の気候変動の影響で、都市部においてゲリラ豪雨などの激しい雨が毎年のように降りますが、それらも地盤内空洞の拡大に大きく影響を与えます。
このように、道路陥没は都市のインフラの老朽化と不可分で、世界の各都市において最近問題が顕在化しています。東京で最初に問題が認識されたのは、高度経済成長から約20年を経た1980年代後半です。中国の各都市、韓国のソウル市、タイのバンコクなどアジアの大都市では最近になって道路陥没が頻発し、いずれも都市の急成長から一定の期間を経て老朽化が現れていることに加えて、地球規模の気象の激甚化により問題が加速化していると思われます。
地盤陥没への対策
地盤陥没への対応の難しさの一つに、陥没現象は前兆なしに突然起こることが多い、ということがあります。地表から気付くことができるような前兆をともなってじわじわと陥没していくのであれば、それに巻き込まれないように避難したり通行規制したりという対応策を取ることができます。しかし、多くの場合、地表の変状をともなわずにいきなり起こる、あるいは起こるように見えるので、人々にとって青天の霹靂(へきれき)となるのです。
そこで、地下の空洞を見つけて陥没を未然に防ぐことが重要になります。地盤内空洞を見つける技術として、地表面から2メートル程度までの浅い空洞なら地中レーダー探査法が有効で、すでに道路管理に利用されています。空洞を見つけたら、土砂が流出する原因を見極めて流出元を止める、そのうえで空洞を埋める(または拡大を止める)、という対策が必要になります。原因がわからないまま空洞を埋め戻しても、土砂の流出が続いている限りは再陥没を繰り返すことになりかねません。
「写真3」は室内の模型土槽の底面に土砂が流出する開口部を設け、開口部から水を給排水することによって模型地盤内に人工的に模擬空洞を作成したものです。最初は小さな空洞が開口部直上にでき、給排水を繰り返すうちに空洞が上方に断続的に成長し、地表付近に到達しようとしています。ここで浅い部分の空隙(くうげき)を埋めたとしても、土槽の開口部を閉じて水の給排水を止めない限り土砂の流出や空洞の成長は止まりません。
起こりうる地盤陥没と向き合う
地盤陥没には二つのタイプがあります。地盤内に空洞ができやすい固有の地質・地形条件があって大きな陥没として現れるケース、そして都市部においてインフラ施設を中心としたさまざまな埋設物の輻輳や老朽化により周辺地盤の土砂が流出して空洞ができ、陥没に至るケースとがあります。特に後者のタイプは都市の成熟にともなって人間の生活圏では必ずといっていいほど直面する問題です。陥没を防ぐには、危険な空洞を見つけ、その拡大要因を取り除くことが必要ですが、地盤の中の状態を正確に把握することはそう簡単ではなく、そのための技術やノウハウの蓄積が重要なカギとなっています。
著者情報
東京大学生産技術研究所教授
桑野玲子
くわの れいこ
1986年、東京大学工学部土木工学科卒業。1988年、同修士課程修了。89年、大成建設土木本部土木設計部に所属。1994年のロンドン大学客員研究員などを経て、99年、東京大学大学院工学系研究科社会基盤工学科助手。講師、助教授などを経て2013年に現職。土木技術者女性の会会長。