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オバマ新宇宙政策はどのように展開するのか?

フロンティア開拓から地球科学へのシフト

松浦晋也(科学ジャーナリスト)

 アメリカのオバマ大統領は、ブッシュ前大統領が上げたアドバルーンを下ろして、新たに現実的な宇宙政策を示した。これにより、いかにもアメリカ的なフロンティア精神に富んだ華々しい計画は取りやめとなったが、新計画はきわめて理にかなっているといえる。

大きくかじを切るアメリカの新宇宙政策

 2010年2月1日、オバマ大統領は2011会計年度の予算教書を発表し、その中でアメリカの宇宙政策を大きく方針転換する意向を明らかにした。前ブッシュ政権が推進していた有人月探査計画のためのハードウエアである「コンステレーション計画」の開発を中止し、その一方で太陽系全域の無人探査、有人月探査やそれ以遠の有人探査のための基礎技術の開発、地球環境観測などに力を入れるというものだ。コンステレーション計画とは、ブッシュ新宇宙政策の中の、有人宇宙船「オリオン」、月着陸船「アルテア」、大型ロケット「アレス1」「アレス5」の4種類のハードウエアを開発する計画の総称である。
 また、国際宇宙ステーション(ISS)の運用は、ブッシュ政権が15年までとしていたものを20年までに延長し、同時にISSへの物資や人員の輸送は、アメリカ航空宇宙局(NASA)が行うのではなく、民間企業に任せるという大胆な方針を打ち出した。

ケネディ宇宙センターでのオバマ演説

 この方針に対して、アメリカ国内では激しい賛否両論が巻き起こった。議会からはコンステレーション計画に従事する労働者の雇用を危惧する意見が相次いだ。主に宇宙飛行士のOBからは、有人宇宙飛行を大胆に民間に任せる方針に対して、「本当に民間企業が有人宇宙飛行を実施できるのか」と危惧する声が上がった。一方、アメリカのスペースX社に代表される宇宙ベンチャー企業は、新政策に賛同するステートメントを公表した。
 10年4月15日、オバマ大統領はフロリダ州のケネディ宇宙センターを訪問し、新宇宙政策に関する初の演説を行ったのである。
 その内容は予算教書のものとほぼ同様であったが、新たに、
 1)コンステレーション計画で開発していたオリオン宇宙船の技術を利用し、ISSから非常時に、宇宙飛行士が地上に帰還するための緊急帰還船を開発する。
 2)次世代の探査に使う大型ロケットの設計を2015年までに確定する。
という2点が追加された。これはおそらくコンステレーション計画の中止に伴う雇用不安を回避するための処置だろう。

新宇宙政策の概要(1)―民間活力の最大利用

 1)スペースシャトルは予定通り2010年、打ち上げスケジュールに遅れが出た場合でも、11年までに退役させる。
 2)ISSは20年まで使用する。
 3)ISSへの物資輸送、人員輸送は、民間企業が開発する宇宙船に任せる。民間の宇宙船開発に多額の補助金を出すとともに、完成のあかつきには買い上げてISSへの輸送に使用し、民間の宇宙輸送ビジネスを支援する。計画的なリスク分散を目指し、民間において複数の有人宇宙船と、有人打ち上げ用ロケットを確保する体制の構築をねらう。(「シャトル後」の現在可能な輸送手段は、わずかにロシアのプログレスと、ESA(欧州宇宙機関)のATV、そして日本のHTVに限られている)
 4)NASAの有人宇宙技術開発は、月やそれ以遠の有人探査に特化する。そのために必要となる基礎技術の開発に着手し、15年までに技術実証用の機体を打ち上げる。宇宙空間でのロケットエンジンの推進剤保存・補給、風船のように膨らまして使用するインフレータブル構造の開発と実証、全自動のランデブー・ドッキング、軌道上閉鎖生態系システムなどの実験を実証する。

新宇宙政策の概要(2)―宇宙計画の選択と集中

 5)有人月探査、それ以遠の探査に必須の大型ロケット(ヘビーリフター)に必要不可欠な、第1段用大型液体ロケットエンジンの研究開発に着手する。
 6)有人探査に先行して、太陽系各所への無人探査ミッションを実行する。同時に、地球に衝突した場合に破滅的な災害を引き起こす可能性のある、地球近傍小惑星の監視とカタログ化を推進する。
 7)衛星による地球環境監視を強化する。同時に地球環境に大きな影響を及ぼす太陽の観測にも力を入れる。
 8)老朽化したNASA施設の計画的な更新に着手する。NASAにはアポロ時代(1964~72年)に建設された設備が多数存在し、老朽化が進んでいる。それらを新しい設備に置き換える。同時に、次代を担う若い世代の教育プログラムにも力を入れる。
 8)これらを実施するために、NASA予算はブッシュ政権時代のプランに対して積み増す。今後5年間のNASA予算総額は1000億ドル超となり、年平均200億ドル突破は今回が初めてである。さらに4月15日の演説で以下の事項が追加された。
 9)オリオン宇宙船の技術を使用して、ISSからの緊急帰還船を開発する。
 10)2015年までに次世代の探査用大型ロケットの設計を確定させる。

宇宙政策のパラダイム転換が始まる

 ブッシュ政権の宇宙政策では、コンステレーション計画を開発し、有人月探査を実施するとしていたハードウエアは、すべてアポロとスペースシャトルの技術的資産の流用で構成されていた。
 しかし過去の技術資産を流用することで、新たな有人月探査のシステムを組み上げることには無理がありすぎた。開発ではトラブルが続出し、09年夏の時点で、開発予算は予定を超過し、最初に開発するオリオン宇宙船の運用開始も、14年の予定が17年以降にずれ込むことがはっきりしていた。
 オバマ大統領は、今回の方針転換を「次世代への投資」と位置付けている。「今現在のアメリカが、有人月探査を実施するのに必要な技術を保有していない」ということを直視し、「月のみならず、ラグランジュ点(地球から太陽方向に150万km離れた太陽-地球の重力が拮抗する5つの点の一つ)、地球近傍小惑星、火星などの有人探査も見据えて、まずは必要な技術を開発し、必要な情報を収集する」ということで一貫している。
 そのために必要な予算は、金食い虫だったスペースシャトルの引退と、コンステレーション計画の中止で捻出する。すると、アメリカの地球周辺軌道での有人活動能力が低下するので、大胆に民間に任せることでカバーする。

アメリカの方針転換で宇宙覇権を強める中国

 本質を突いた根本的な方針転換であり、うまくいけば2020年以降、アメリカの宇宙開発はアポロ計画当時のように隔絶したハイテクで世界をリードすることになるだろう。その一方で、方針転換のための犠牲も小さくはない。ロッキード・マーチン社、ATK(アライアント・テックシステムズ)社など、コンステレーション計画に参加していた企業は大きな打撃を受けるし、フロリダでスペースシャトル運航に従事していた労働者らは雇用の危機にさらされることになる。また、民間の有人宇宙船開発がうまくいかなければ、アメリカは長期間にわたって有人宇宙飛行の能力を喪失することになる。
 10年4月現在、アメリカ議会では方針転換を認めるかどうかで、かなり激しい議論が起きている。しかし4月15日の演説で小さな修正は入ったものの、オバマ大統領の態度は基本部分で一貫している。世界各国は今後、アメリカの大方針転換への対応に迫られることになる。
 特に日本は、ブッシュ宇宙政策が打ち出された04年以降、月探査への傾斜を深めていたので、かなりの軌道修正が必要となるだろう。
 ここで台風の目となるのは、有人宇宙船「神舟」を保有し、独自路線を行く中国だ。中国は11年に最初の宇宙ステーション「天宮1号」を打ち上げる。その後、何機かの宇宙ステーションの運用で技術を蓄積し、20年までにロシアの宇宙ステーション「ミール」のような、恒久的ステーションを建設するとしている。さらにその先には、30年までに有人月探査を実施するという構想も持っている。
 先に月に戻るのはアメリカか中国か。あるいはアメリカが中国を尻目に、月以遠の有人探査を実施するのか。20年までには、両国とも現在の方針の成否がはっきりしているだろう。

著者情報

科学ジャーナリスト

松浦晋也

まつうら しんや

1962年生まれ。慶應義塾大学理工学部卒。同大学院メディア・政策研究科修了。日経BP社勤務(航空宇宙、コンピューター、情報通信などの分野を取材)を経て現職。著書に『国産ロケットはなぜ墜ちるのか』(2004年、日経BP社)『エルピーダは蘇った』(06年、日経BP社)『コダワリ人のおもちゃ箱』(07年、エクスナレッジ)『恐るべき旅路』(07年、朝日新聞出版)『スペースシャトルの落日』(増補版、10年、ちくま文庫)『飛べ!「はやぶさ」』(11年、学研教育出版)『のりもの進化論』(12年、太田出版)、『小惑星探査機「はやぶさ2」の挑戦』(14年、日経BP社)、『はやぶさ2の真実』(14年、講談社)、『母さん、ごめん。 50代独身男の介護奮闘記』(17年、日経BP社)など多数。

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