鉄腕アトムはいつできるのか(1)
松原仁(公立はこだて未来大学システム情報科学部教授)
「鉄腕アトム」は、マンガ、アニメから生まれた日本のロボット・ヒーローの嚆矢(こうし)であり、ロボットのシンボルである。アトムが実現するということは、完璧なヒューマノイドロボットの誕生を意味する。
鉄腕アトムは2003年生まれ
手塚治虫の生み出した人間型ロボット(ヒューマノイドロボット)の鉄腕アトムが誕生したのは、マンガの中では03年4月7日、ということになっていた。大のアトムファンである筆者も、ひっそりと乾杯した、4年前のこの日には、アトムにちなんだいろいろなイベントが各地で行われたが、そのときの実際のロボットは、アトムそのものには、まだ遠く及ばなかった。
1950年前後に鉄腕アトムを描き始めた手塚治虫にとって、2003年というのは、21世紀になった直後という意味があったものと思われる。日本の人工知能やロボットの研究者にとって、アトムは理想のロボット(人工知能)のシンボルとなっている。宣伝をさせていただくと、筆者も『鉄腕アトムは実現できるか-ロボカップが切り拓く未来』(1999年)という、一般向けの人工知能の本を書いている。
ロボットのアトムと人工知能HAL9000
西欧の人工知能研究者にとって、アトムに相当するのはHAL9000である。1960年代に公開された、SF映画『2001年宇宙の旅』に出てくるコンピューターというか人工知能で、宇宙船を乗組員に代わって制御していた。
映画が名作であったこともあって、知能を持ったHAL9000が、理想のコンピューターとなった。まだ見たことのない人は、DVDなどで、ぜひ見ていただきたい。
こちらも映画の中では、1992年(原作では1997年)と、アトムの2003年とほぼ同時代に実現されたことになっているが、そのときの実際のコンピューターは、HAL9000にまだ遠く及ばなかった(劇中の世界が、映画制作時の約30年後の未来であることに注意)。
唯一実現していたのが、人間に勝つコンピューター・チェスであった。マニアックな薀蓄(うんちく)を披露すると、映画の中で乗組員とHAL9000が対戦していたチェスの棋譜の出所はわかっていて、その引用の仕方が間違っていた。チェスに詳しい人が見ていると、妙なやりとりになっていたらしい。
日本の善玉ロボット、西洋の悪玉ロボット
もちろん、鉄腕アトムが理想だからといって、アトムそのものを作ろうとしているのではない。たとえばアトムの名前の由来である、原子力で動く原理をまねしようとは、もはや誰も思うまい。人間と同じ姿で人間と共に生活する、最近の言葉では「人間と共生するロボット」の象徴として、アトムが存在するのである。
日本ではアトム以外にも、「鉄人28号」「ガンダム」「ドラえもん」などマンガやアニメに、プラス「正義の味方」イメージのロボット(善玉ロボット)が数多く存在したために、日本人の多くはロボットに対して好意的なイメージを持っている。とりわけ、ヒューマノイドロボットが大好きである。
その結果の一つとして、日本にはロボット研究者が相対的に数多く存在するようになり、ロボットの研究開発では、日本は世界のトップを走っている。()
それに対して、西欧圏でSFや映画に出てくるロボットは、マイナスイメージのもの(悪玉ロボット)がほとんどである。人間型ロボットに対しても、西欧圏には否定的な人が多い。
ロボットをめぐる東西の世界観
では、なぜ日本では善玉ロボットが多いかという背景を考えると、日本人の多くは非人間であるロボットを、「仲間」として受け入れる傾向が潜在的に強いということである。それは東洋的な世界観(あるいは宗教観)に基づいていると思われる。
東洋的な世界観(たとえば道教など)では、すべての存在を連続的なものとしてとらえる。人間も他の動物も植物も、あるいは非生物も、同じ軸の上に乗っている。草木にも岩や石にも、魂が宿る。だとすれば、ロボットに魂が宿っても、何の不思議もない。
西洋的な世界観(典型的にはキリスト教的世界観)は、まったく異なる。人間と人間以外の存在(自然も含む)を明確に区別する(二元論である)。もっといえば、世界を支配する神と、その神に支配される世界を明確に区別する。
この区別ではロボットは人間以外の存在であり、支配される対象である。したがってロボットは、あくまで人間の奴隷であり、人間の仲間には決してなりえない。特に人間型ロボットは、神への冒涜につながる恐れがある(人間を作ることは、神のみに許される行為である)。善玉ロボットに人気が集まる状況ではない。
アトムにあこがれる研究者たち
ということで、鉄腕アトムである。
筆者は幼稚園時代に鉄腕アトムのアニメに熱中して、将来、アトムを作る仕事をしたいと夢みて、現在に至っている。趣味は、アトムグッズの収集である。
筆者以外にも、アトムにあこがれて、ロボットや人工知能の研究者になった人が、日本にはかなり多い。
その「鉄腕アトム」は、実際にはいつ、できるのであろうか。
著者情報
公立はこだて未来大学システム情報科学部教授
松原仁
まつばら ひとし
1959年生まれ。東京大学理学部卒。同大学院工学系博士課程修了。工学博士。ロボカップ日本委員会会長。著書に『コンピュータ将棋の進歩』(1~6巻、編著、共立出版)、『鉄腕アトムは実現できるか?』(99年、河出書房新社)、『先を読む頭脳』(羽生善治らとの共著、2009年、新潮社)、『コンピュータ囲碁』(編集、12年、共立出版)、『AIに心は宿るのか』(2018年、集英社インターナショナル)など。本誌「AI&ロボティクス」分野の執筆者。