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コンピューター将棋(2)

人間とロボットのパートナーシップ

松原仁(公立はこだて未来大学システム情報科学部教授)

人間とコンピューターがしのぎを削り、作業分野によっては、コンピューターが人間に勝る局面が徐々に増えて来ることが予測される。そのとき、人間は敗者として、冷遇された立場に立つのだろうか。いやそうではなく、コンピューターは人間の助力者、パートナーとなっていく可能性があるのではなかろうか。

コンピューターが将棋名人に勝つとき

 2007年3月21日の、渡辺竜王とボナンザ(Bonanza)の将棋対戦は、人間側の勝ちに終わったが、コンピューターがトッププロに勝つのも、「時間の問題」ということが明らかになった。このこと自体は、将棋というゲームだけに関する問題だが、今後の人間とコンピューターの付き合い方を考える上で、非常に良い題材である。ここでは、将棋を題材にして論じてみたい。
 時間的な前後はあるものの、コンピューターが人間を超えるのは間違いない。そのときに、将棋はどうなるであろうか。これまで、将棋のプロは将棋が一番強い存在であったが、近い将来には、人間の中では将棋が一番強いという存在となってしまう。そのときのプロの存在意義は、どこにあるのだろうか。
 将棋自体の人気が、コンピューターの強さによって軽減するとは思えない。筆者は将棋の必勝法は、半永久的に解明されないと思っているが、将棋の理論的な必勝法が解明されるということは、指す前から勝負の結果が見えているので、将棋を指す意味がなくなるかもしれない。しかしコンピューターが人間に勝つことと、将棋の必勝法が解明されることは、まったく異なる。
 これまでのプロに代わって、コンピューターがトップに立つだけなので、将棋は引き続き人間にとって、非常に複雑なゲームとして、存続するであろう。むしろコンピューターの助けによって、これまで人間だけでは到達できなかった、将棋の高みに近づける可能性がある。たとえば、コンピューターが新しい定跡を見いだすこともあるだろう。

「最も強い人間」として真価が問われる

 プロの存在意義を考えるときに、よく比喩(ゆ)に出されるのがスポーツである。
 100m競争は、自動車が人間より圧倒的に速いが、最も速い人間は英雄として尊敬を集めている。将棋も、たとえコンピューターより弱くとも、人間として最強であることで、尊敬に値するはずである。確かに、チェスはそうである。
 1997年に、世界チャンピオンがコンピューターに負けた後も、チェスのプロは引き続き尊敬を集めており、プロの世界がコンピューターの影響で縮小しているということはない。将棋でも、チェス同様に進むことを、筆者は期待している。
 西欧では、チェスをオリンピックの種目として取り上げるという動きもあるくらいで、チェスはスポーツと見なされている。それに対して、東洋の将棋(や囲碁)は、スポーツではない。あえていえば「道」であることで、チェスとはやや異なる道を歩むかもしれない。
 

コンピューターは「人間」の敵か

 渡辺竜王とボナンザの対戦を見て、将棋の多くのプロは、将来に不安感を抱いたはずである。
 将棋は、多くの人にとって他人事でも、これから多くの領域で、従来は人間だけがうまくやっていたことを、コンピューター(ロボットも含む)が人間以上に、うまくこなすようになっていく。このことも、歴史の必然である。そのときに、人間はどのように振る舞うだろうか。いや、振る舞うべきであろうか。
 自分が生活の糧としていること、生きがいとしていることを、コンピューターがうまく、速く正確にこなせば、市場原理によって人間の仕事がなくなる可能性もある。
 自分の領分を侵す存在として、コンピューターに不安感や嫌悪感を抱くのでないだろうか。実はこうした状況は、人間にとって初めての経験ではない。
 かつて蒸気機関が発明されたときに、それまで人間がこなしていた、当時としては最先端の作業が、機械に取って代わられた。これに反発した労働者によって、機械の打ち壊し運動が起きた。
 しかし、結果的には単純作業は機械に任せて、人間はさらに高度な作業を担当することになっていった。() (

人間とコンピューターが共生する未来へ

 歴史的に見て、科学技術の進歩は人間に対して、自分たちの担う役割の変化を促しているのである。コンピューターの進歩は、従来はかなり高度だと見なされていた作業をこなすことを可能にしつつある。
 将来は、人間が高い報酬を得ている医療や法律などの高度な作業も、ある程度はコンピューターが担うであろう。また、炊事、洗濯、掃除、買い物、育児などの日常の家事も、かなりの程度はロボットが担うことになるであろう。
 筆者の仕事である研究や教育も、それ相応にコンピューターが取って代わるはずである。そのときに、人間は何を生活の糧とするのか、自分たちの存在意義をどこに求めるのか、そろそろ真剣に考えておかなければならない。
 おそらく程度の差はあれ、何らかの騒動が起きるのではないかと予想されるが、21世紀の機械打ち壊し運動を起こしても、物事は解決しない。
 コンピューターは人間の敵ではなく、優れた道具なのである。人間はその道具とうまく折り合いをつけていく必要がある。
 これからしばらくの間の、将棋を題材とした人間とコンピューターのかかわりから学ぶことによって、その後に来るであろうさまざまな事態に対処する知恵が、身につくものと期待している。

著者情報

公立はこだて未来大学システム情報科学部教授

松原仁

まつばら ひとし

1959年生まれ。東京大学理学部卒。同大学院工学系博士課程修了。工学博士。ロボカップ日本委員会会長。著書に『コンピュータ将棋の進歩』(1~6巻、編著、共立出版)、『鉄腕アトムは実現できるか?』(99年、河出書房新社)、『先を読む頭脳』(羽生善治らとの共著、2009年、新潮社)、『コンピュータ囲碁』(編集、12年、共立出版)、『AIに心は宿るのか』(2018年、集英社インターナショナル)など。本誌「AI&ロボティクス」分野の執筆者。

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