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魔球ブームとピッチングの進化(後編)

姫野龍太郎(独立行政法人理化学研究所 情報基盤センター長、東京大学大学院工学研究科客員教授)

 変化球は、さまざまな要素の複合で成り立っている。速度や回転のほか、ボールの微妙な形が作り出す影響力もある。後編では、昨今話題となっているジャイロボールの特異な球質や、松坂投手の投球との関係についても検証していく。

マグナス力を利用した変化球

 カーブやシュート、スライダー、シンカーなど、多彩な変化球があるが、軌道の違いを生み出しているのは、主にボールの回転軸の向きの違いである。これらの変化球、そして直球さえも、マグナス力、つまり、ボールの回転数と回転軸が周囲の空気の流れを変えることで生じる力を利用している。このとき、ボールの軌道は、回転軸の向きと回転数、それに速度という三つの要素だけで決まる。カーブとシュートの曲がる向きが反対なのは、回転軸の向きが逆であり、マグナス力の向きが逆になるからだ。落ちるボールであるスプリット・フィンガード・ファーストボールは、直球よりも回転数を小さくし、マグナス力を弱めることで、落ちる球を作っている。
 これらの球種はマグナス力で変化を生み出しているので、速度が高く、回転数が大きいほど、変化が鋭くなる。実際に、プロ野球の投手がどのくらいの回転数で投げているかを調べてみると、およそ毎秒35~38回転程度であった。
 しかし、前編で紹介したように、阪神の藤川球児投手、横浜のマーク・クルーン投手、レッドソックスの松坂大輔投手の3人は直球で毎秒40回転を超える。特に松坂投手は、直球だけでなく、スライダーの回転数も毎秒42回転と、他の投手に比べ1~2割も多い。松坂投手は現在変化球の多彩さと制球によって評価されているが、実は“きれ”と呼ばれる変化の鋭さ、すなわち回転数の多さが抜きん出ていることを忘れてはならない。

ボールの縫い目の秘められた効果

 ボールの軌道は、回転軸の向きと回転数、それに速度という三つの要素だけで決まると書いた。しかし、正確にいうと、それ以外にも、ボールの形に由来する、いくつかの要素がある。これから3項目に分けて、それらの要素を説明しよう。
①盛り上がりの効果
 野球のボールは、2枚の革を縫い合わせて作られる。そのとき、縫い糸で革が引っ張られ、合わせ目の革が盛り上がる。この盛り上がりが、約1mmある。一見すると、赤い糸の方が目立つが、ボールの変化の上で重要なのは、この1mmの盛り上がりの方だ。この盛り上がりがあるかないかで、変化球の変化は2~3倍も違う。ホームベース上で40cm変化するカーブも、この縫い目による盛り上がりがないと、15~20cm程度しか変化しないのだ。この盛り上がりが変わると、ボールの変化も変わる。
②フォーシーム、ツーシーム
 ボールの縫い目は独特の形をしている。この縫い目の形によって、ボールの1回転で縫い目が4回出てくるフォーシーム回転と、2回しか出てこないツーシーム回転という、二つの回転軸がある()。直球やカーブなど、ほとんどの球種は、フォーシーム回転を使うのが一般的である。ツーシームとフォーシームの回転でマグナス力がどのくらい違うかを調べたところ、あまり顕著な差は出ない。
 ツーシーム・ファーストボールという球種があるではないか、という指摘は当然あるだろう。私の推理はこうだ。ツーシームとフォーシームという回転軸の違いだけで、変化が生まれるわけではない。ツーシームは縫い目に沿って指をかけるため、縫い目に直角に指をかけるフォーシームより滑りやすく、左右の指のかかり具合が一球ごとに変わってしまう(あるいは、意図的に一球ごとに変える)。それによって、微妙な横方向の変化を生み出しているのだろう。
③無回転の場合の縫い目の効果
 ボールが回転しないように投げた場合、ボールの縫い目のどこが正面を向いて飛ぶかにより、風から受ける力は変わる。また、そのとき正面になる縫い目が、上下、あるいは左右などで非対称だと、どこかの方向に力を受け、しかも回転を始める。この力は、これまで説明したマグナス力とは違うメカニズムで起こるものだ。これが、ナックルパームボールの変化の源である。
 力が働く方向は、ボールの回転によって変わる。これらの球種の場合、回転数が小さいほど変化は大きく、投手と捕手との間で1/4回転とか1/2回転で投げなければならない。逆に、投手と捕手との間で1回転以上(つまり、毎秒約2回転以上)すると、変化が小さくなり、打たれてしまう。いかに回転しないように投げるかが、こうした変化球のポイントだ。広島のジャレッド・フェルナンデス投手や、レッドソックスのティム・ウェークフィールド投手の投げるナックルボールが、これにあたる。投げたボールに働く力が、途中で変わって変化するという、真の魔球である。

魔球ジャイロボールとは?

 ジャイロボールとは、ドリルのように、その回転軸が進行方向を向いた球である()。この場合、回転軸の向きと風の向きは平行になり、マグナス力はゼロとなる。このため、ジャイロボールは落ちる球となる。よくいわれる落ちるスライダーはジャイロボールである。これは高速度ビデオの映像で確かめられているので、間違いない。しかし、ジャイロボールは“浮いてくる”とか、バッターの手元で鋭く“曲がる”ともいわれる。一体、どうなっているのか。
 まず、浮いてくるというのは、ジャイロボールの命名者であり、その普及に尽力されている手塚一志氏の説。“曲がる”というのは、特に海外のメディアが松坂投手の取材に関連して報じたもの。さらに、松坂投手がジャイロボールを投げるかどうかについても、メディアの注目を集めた。
 松坂投手はインタビューで直接問いかけられたとき、ジャイロボールを投げるとも投げないとも答えず、報道は過熱した。この魔球騒動は週刊誌ネタにまでなってしまった。松坂投手はジャイロボールが広まる前から、落ちるスライダー、すなわちジャイロボールを投げていた。このため、あのインタビューでは、自分の投げている球がジャイロボールといわれる球なのかどうか分からないと思い、そう答えたのだと思う。

ジャイロボールの真実

 結論からいえば、ジャイロボールは“落ちる”し、“浮く”し、“曲がる”。それは回転軸の向きの問題だ。回転軸がまっすぐ正面を向くと、落ちるジャイロボールとなることは、すでに書いた。右投手の場合には、回転軸が投手から見て右斜め前を向くと、バックスピンの成分が出てくるので、マグナス力が働き、ホップするジャイロボールとなる()。同じように、斜め上を向くと、サイドスピンの成分が出てくるので、曲がるジャイロボールになる()。このホップする量や曲がる量は、回転軸を傾ける角度によって決まる。大きく傾けるほど、大きく変化するのだ。
 松坂投手の落ちるスライダーは、高速度ビデオ映像から、ジャイロボールであることが明白になっている。これまでの分析から、おそらく時速140km台で投げられる落ちるスライダーは、すべてジャイロボールといえるだろう。
 ジャイロボールの最大の特徴は、他の球種に比べて空気抵抗が小さいことである。つまり、初速と終速の差が小さいのだ。このため、打者はタイミングが取りにくい。もう一つの特徴は、ここで示したように、ボールの回転軸を傾けるだけで、落ち方を変えたり、曲がったりと、多彩な変化を付けることができる点である。同じ球種で多彩な変化が起こせれば、魔球といっても良いのではないか。

著者情報

独立行政法人理化学研究所 情報基盤センター長、東京大学大学院工学研究科客員教授

姫野龍太郎

ひめの りゅうたろう

1955年生まれ。京都大学工学部卒、同大学院修士課程修了。日産自動車中央研究所を経て、現在、理化学研究所勤務。スーパーコンピューターによるシミュレーション解析を専門とし、1996年、第6回「コンピュータ・ビジュアリゼーション・コンテスト」にて最優秀賞を受賞。

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