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魔球ブームとピッチングの進化(前編)

姫野龍太郎(独立行政法人理化学研究所 情報基盤センター長、東京大学大学院工学研究科客員教授)

 野球を盛り上げる要素はいろいろある。中でも、ピッチャーの個性や、投げるボールの特性は、観る人をひきつけてやまない。本稿では、進化を続けるピッチングに視点を据え、科学のスタンスで、その面白さを前編と後編で掘り起こしていく。

魔球ブーム到来

 検索サイトのGoogleで、“ニュース”と“魔球”で検索すると、実に約28万件もヒットする。今、上位に出てくる話題は、松坂大輔投手が魔球ジャイロボールを投げる(あるいは、投げた)のかを筆頭に、広島のジャレット・フェルナンデス投手のナックルなどに集中する。球種のみに限っていえば、ツーシームも登場する。他には、中村俊輔選手のフリー・キックの話題も出てきて、サッカーにまで魔球という言葉が波及していることが分かって面白い。
 もともと、魔球という言葉は野球漫画から出てきた言葉で、最初に使われたのは、「ちかいの魔球」(原作:福本和也、漫画:ちばてつや)らしい。この「ちかいの魔球」は、「週刊少年マガジン」にて1961年から連載された、40年以上前の漫画なのだ。しかし、昨今の魔球ブームの影響なのか、2003年に講談社漫画文庫に収録され、復刊している。書店で購入できるので、興味があれば、ぜひ魔球の原典に触れていただきたい。

進化を続ける変化球

 カーブが1870年代に投げられるようになって以来、野球における変化球の価値は非常に高い。そのため、いろいろな変化球が作られてきた。シュート、スライダー、フォークボール、スクリューボール、シンカー、ナックルボール、パームボールなどなど枚挙にいとまがない。比較的新しい変化球としては、シカゴ・カブスのブルース・スーター投手が1970年代に投げ始めたスプリット・フィンガード・ファーストボールがある。チェンジアップも多くの投げ方が新しく生まれている。
 他に、近年日本でも使われるようになったカットボール、ツーシーム・ファーストボールなども新しい。今、最も新しい変化球は、1995年に日本で生まれたジャイロボールだろう。このジャイロボールについては、後編で改めて詳細に述べることにする。
 変化球は、打者と対戦するときの狙いから、二つに分類することができる。
①三振を取る変化球
②打たせて取る変化球
 この分類は、変化球の変化の大きさによるものだ。バットに当たらせないほど大きな変化をさせる①に対して、②はそれほど大きな変化をせず、バットの芯をはずし、打ち取ることを狙ったものである。ほとんどの変化球は①の効果を狙ったものであるから、②の方を説明しよう。②にはカットボールツーシーム・ファーストボールなどが分類でき、ムービングボールと総称されることがある。打者から見るとまっすぐに来る直球に見えるのだが、5~10cm変化させて、バットの芯をはずすものだ。

直球も魔球か?

 阪神の藤川球児投手の直球は、さきほどの分類でいえば、①に当たる。かすらせもせず、三振を取ろうとしているからだ。藤川投手の直球は、他の投手の直球とは明らかに軌道が違う。その秘密は、ボールの回転数と回転軸の傾きにある。直球はボールのバックスピンによって周りの空気の流れを変え、飛行機の翼と同じように、上向きの力を作り出している()。この力はマグナス力と呼ばれ、この力が大きいほど、ホップする球となる。
 物理学的にいえば、この揚力で重力を部分的に打ち消すために、本来なら放物運動をして落ちて行く球が、まっすぐ進むように見えるのである。マグナス力はボールの回転数にほぼ比例し、力の働く方向は回転軸と垂直となる。
 2006年夏に、セ・パ両リーグの主な投手の直球を分析したところ、毎秒40回転を超えたのは、当時西武にいた松坂大輔投手、横浜のマーク・クルーン投手と、この藤川投手の3人だけだった。藤川投手の直球はこの中で最も回転数が大きく、毎秒45回転を記録した。また、回転軸が水平から傾くほど、上向きの力の成分が小さくなるため、ホップする量は小さくなる()。この傾きの点でも、藤川投手の直球は、測定した全選手の中で最も小さく、水平からわずかに5度ずれているだけであった。このように、藤川投手の直球は他の投手の直球とは明らかに違う魔球であり、彼の勝負球になっている。

直球とシュートの境目

 野球をテレビで観戦しているとき、解説者が「今の球は直球だ」といえば、それに疑問を持つ人は、おそらくほとんどいないだろう。しかし、よく注意して見ていると、直球といっても、けっこうシュートしている投手もいる。その中でも、松坂投手、ヤンキースの井川慶投手、ヤクルトの石川雅規木田優夫両投手、阪神の江草仁貴投手らの直球の回転軸は、水平から45~50度傾いており、見た目で分かるほどシュートしている。同じ「直球」といっても、前述の藤川投手は、水平から5度しか傾いておらず、ごくわずかしかシュートしないから、同じ「直球」という言葉を使うのは、ためらわれるくらいだ。
 この回転軸の傾きは、投げる瞬間の手首が水平からどのくらい傾いているかで、おおむね決まる。オーバースローとサイドスローの中間で腕を振るスリークオーターから投げれば、45度くらい、サイドスローだとさらに大きな角度がつくのが一般的である。その角度よりも小さい傾きで投げる投手は、マグナス力がより垂直に近く働くように、つまり、よりホップさせるために努力して、手首を起こしているのだ。

打者から見た投球

 時速150kmで直球を投げると、0.47秒でホームベース上を通過する。一方、打者がボールに反応し、打つまでに、プロの打者でも0.2~0.3秒かかるといわれている。このため、ボールがピッチャーとキャッチャーの間の中頃に来るまでに、投げられたボールの球種、速度、この先どこにやってくるか、つまりボールかストライクか、内角か外角か、高めか低めか、などを予測し、それを打つかどうかを決めなければならない。プロのバッターでも、ワンバウンドするようなボールにバットを振って、空振りしてしまうことがあるのは、この予測がはずれたことを意味している。
 打者として、うまく打つ戦略には、二つの方法がある。一つは、バットのスイング速度を上げて、振り始めから打つまでの時間を短くし、より長い時間、ボールを見ることができるようにする方法。二つ目は、振り始めたバットをうまくコントロールすることで、ボールがどこへ来ようとも、ともかくバットを当てる方法である。スイング速度を上げる方法は、ヤンキースの松井秀喜選手、バットコントロールの方は、マリナーズのイチロー選手の打ち方だ。
 一方で、投手側から見た場合、打者の予測がはずれるように投球すれば良いことになる。その基本は、同じ投げ方でありながら、違う軌道を描く球を投げることといえる。フォークボールでは、落差が大きくても直球と違う投げ方ではダメで、落差は小さくとも直球と同じ投げ方で投げる方が良いとよくいわれる。いわゆるチェンジアップでも、単に遅い球を投げているのではなく、速球と同じように速い腕の振りをしていながら、速球よりも遅い球を投げているのである。
 後編では、ピッチングの要素をさらに細分化して、より深く分析しつつ、次の段階への進化の可能性に迫っていく。

著者情報

独立行政法人理化学研究所 情報基盤センター長、東京大学大学院工学研究科客員教授

姫野龍太郎

ひめの りゅうたろう

1955年生まれ。京都大学工学部卒、同大学院修士課程修了。日産自動車中央研究所を経て、現在、理化学研究所勤務。スーパーコンピューターによるシミュレーション解析を専門とし、1996年、第6回「コンピュータ・ビジュアリゼーション・コンテスト」にて最優秀賞を受賞。

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