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もうひとつの「逃走」~桐島聡の盟友、7年間の逃亡生活回顧録(前編)テレビに映る自分の顔――指名手配のはじまり

黒川祥子(ノンフィクションライター)

 2024年1月、桐島聡(1975年の「韓国産業経済研究所爆破事件」などの被疑者として指名手配されていた、過激派集団・東アジア反日武装戦線〈*1〉「さそり」〈*2〉の元メンバー)が49年の逃亡生活の果てに本名を名乗り出て、その4日後に死去した。その報道は、往時を知る人たちを中心に大きな衝撃を与え、2025年には桐島をモチーフに、『逃走』(足立正生監督、3月公開)『桐島です』(高橋伴明監督、7月公開予定)という2つの映画が製作される運びとなった。
 桐島が逃亡を始めた日、同じ「さそり」のメンバーで、大学の先輩でもあった宇賀神寿一(うがじん・ひさいち)も同様に逃亡生活を始め、1982年に逮捕されるまで7年間を過ごすことになる。20歳そこそこの若者がなぜ何年にもわたり、逃亡し続けることができたのか。桐島の49年を偲ばせる、流転の日々を本人に取材した。

 

一斉逮捕

 奇しくも今年(2025年)は、50年前の“その年”と同じ曜日周りとなっている。
 1975年5月19日、月曜朝9時。宇賀神寿一さん(現在72歳、当時22歳)はひとり暮らしのアパートで、いつものように何気なく、フジテレビの「小川宏ショー」を眺めていた。宇賀神さんの記憶では、番組が始まってすぐ、若い記者がスタジオに慌ただしく駆け込んできた。司会者はうわずった声で、こう言ったという。
「ただいま、連続企業爆破の犯人が逮捕されました。7名、逮捕とのことです」
 その中に、「さそり」の仲間である「黒川芳正」という名前があった。テレビ画面には紛れもなく、よく知る顔が映っていた。

「連続企業爆破」事件とは、「東アジア反日武装戦線」による一連の犯行を指す。東アジア反日武装戦線には「狼」「大地の牙」「さそり」の3部隊がある。前年の74年8月に「狼」が東京・丸の内の三菱重工本社ビルを爆破して多数の死傷者を出す大惨事をもたらしており、その後も3部隊それぞれによる企業爆破事件が続いていた。3部隊のメンバーが一斉に逮捕されたことは、社会にとって衝撃的なトップニュースだった。

「逮捕の一報を告げた後、続報としてすぐに、誰が逮捕されたのか、名前と顔写真が出たんだよ。大道寺将司(まさし)とか片岡利明とか、みんなの名前が出てきて、黒川くんの名前もそこにあった。当時は活動名で呼び合っていたけど、俺は黒川くんの本名を知っていた。だけどその画面に桐島の名前は出ていなかった」

「桐島」とは、2024年1月、末期がんの病床で本名を明らかにし、数日後に亡くなった桐島聡さんのことだ。宇賀神さんと桐島さんは、黒川さんをリーダーとする東アジア反日武装戦線「さそり」のメンバーだった。

1975年5月19日(月)、「朝日新聞」夕刊1面より

「俺はすぐに、井荻の自宅から上井草の桐島のアパートに走って行った。西武線の隣駅だから近いんだよ。ドンドンと扉を叩いたら、すぐに桐島が出てきた。とっくに起きていたけど、桐島の部屋にはテレビがないから、何も知らなかった」

 当時、宇賀神さんは明治学院大学の5年生(留年のため)、桐島さんは同大学の4年生。宇賀神さんが22歳、桐島さんは21歳という若さである。先輩と後輩だが、桐島さんは宇賀神さんのことを「先輩」ではなく、愛称の「シャコ」と呼ぶ仲だった。

「今テレビで見たんだけど、なんか、7人が逮捕された。そこに、黒川くんもいる」――その時、桐島さんがどのような表情を浮かべたのか、宇賀神さんの記憶にはない。宇賀神さん自身、頭が真っ白になるほど、突然、奈落に突き落とされたのも同然だった。

「桐島のアパートで、いろいろ話したんだよ。警察は自分たちのことを、どこまでわかっているのか。逮捕しに来るのかどうか。とにかく、まずはお互い、アパートを出て、様子を見ようとなったんだ」

 宇賀神さんは自身のアパートに戻ることはせず、2人とも着の身着のまま、上井草駅前の喫茶店に移動した。

「2人でいろいろ話して、お互いがお互いのアパートを見に行こうとなった。それぐらいの知恵はあったんだよな。様子を確認したら、また、上井草の喫茶店で落ち合おうって」

 宇賀神さんは、桐島さんのアパートに向かった。そこには誰もいなかった。しかし、桐島さんが向かった宇賀神さんのアパートは様子が違っていた。

「桐島が遠くから見たら、俺のアパートの周りには、白い手袋をしたスーツ姿の人間が十数人、立っていたらしい。だからもう、刑事が俺のアパートの中に入り込んでいたんだと思う。桐島はその様子を見て、大胆にもそこに自ら近づいて行って、知らん顔して通り過ぎたって。その時に逮捕されなかったのは、あいつのことはまだ、警察は知らなかったんだよね」

 上井草の喫茶店でアパートの報告をした2人は、タクシーで新宿に向かった。

「とにかく上井草から移動しようと新宿に行って、新宿中央公園の芝生に、2人で寝転がったんだよね。『もう、アパートには帰れないし、俺たち、どうしようか』って。当時、大久保には何百円かで泊まれる安宿があったから、そこに何日か泊まることにしようと、2人で寝ながら話して決めたんだ。そして、ふと顔を上げたら、そばにスーツ姿の男が2人立っていて、こっちを見ながら、何か、喋っているんだよ。『これ、デカだろう』って判断して、慌てて逃げたんだ。2人で逃げ回っていたら目立つし、捕まってしまうから、次の日の待ち合わせを決めて、そこで別れた」

 宇賀神さんは当時、新宿西口にある料亭でアルバイトをしていたが、たまたま給料日目前だったため、ほとんど所持金はなかった。給料を取りに行けば、逮捕されるだけだ。着の身着のまま、所持金もない状態で、逃亡生活1日目が始まった。

著者情報

ノンフィクションライター

黒川祥子

くろかわ しょうこ

1959年福島県生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。業界紙記者などを経てフリーライターとなり、家族の問題を中心に執筆活動を行う。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』で第11回開高健ノンフィクション賞を受賞。著書に『熟年婚』(河出書房新社)。 また、橘由歩の筆名で『「ひきこもり」たちの夜が明けるとき』(PHP研究所)、『身内の犯行』(新潮新書)、『セレブ・モンスター』(河出書房新社)、『全国ごちそう調味料』(幻冬舎)、『県立!再チャレンジ高校』(講談社現代新書)、『PTA不要論』(新潮新書)、『8050問題』(集英社)、『心の除染』(集英社文庫)、などがある。息子が二人いるシングルマザー。

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