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社会問題

妻たちと国家 〜入管法に翻弄される人々②

【第2回】まゆみさん/隣にあの人がいない

木村友祐(小説家)

 2023年3月7日、出入国管理及び難民認定法(入管法)の改正案が閣議決定され、国会に提出された。この改正案は、国外退去を命じられた外国人の長期収容問題の解消を目的とすると謳われているが、内実は追い出しに拍車をかけたものであり、一昨年、国内外の強い批判の声もあり廃案となっていたものだ。その法案をほぼ踏襲した改正案が再び提出された。
  一昨年の改正案から入管の問題を見つめ続けてきた小説家の木村友祐氏が、入管法に翻弄される当事者の実相に迫った。【全3回】

 人と人がふとしたきっかけで出会い、なぜかお互いに惹かれ合って結ばれる。それは思ってもみなかった幸福な時間の訪れである。
   これが日本人同士であれば、なんの問題もなくその時間は続くだろう。しかし、結婚した相手がたまたま他の国から来た人で、在留資格のない仮放免者だったとき、いきなり2人の間に立ちはだかる国家というものに直面せざるをえなくなることがある。
 トルコ国籍のクルド人男性と結婚したまゆみさんもそうだった。
 それまで政治や社会のことにはとくに関心を持たずに、一人娘として両親に愛されて暮らしていたのが、結婚を機に否が応でも国家や社会と向き合わざるをえなくなってしまった。

 やわらかく落ち着いた雰囲気で、すっと背筋が伸びているまゆみさんに、ぼくは勝手にどこかの学校の先生をされているのかと思った。率直にそう聞いてみると、「ちがいます」と笑う。事務職をされているとのことだった。
 まゆみさんは、後に夫となるマモさんと出会った日付までちゃんとおぼえている。年がかわったばかりの2014年1月2日。友人のカップルから「たまたま近くに来たから、一緒にご飯食べない?」と誘われた。そのときにマモさんと初めて出会う。友人カップルとマモさんはよく3人で遊んでいたのだった。
 ファミレスでご飯を食べながら会話し、Viber(バイバー)でお互いの連絡先を交換した。でも、このときは特別な感情は抱いていなかった。
「それから毎日、『おはよう』とか、短い挨拶が必ず来るようになって。それで、お互いの話を日本語でやりとりしているうちに、だんだんだんだん好意を抱くようになって。向こうが好意を寄せてきたから私も寄せたんですけど(笑)、それがはじまりですよね」
 2人は2015年1月8日に入籍した。出会ってから入籍まで約1年。早い。ということは、それだけお互いの心の結びつきが強くて、交際もスムーズに進んだのだろうと思っていると、まゆみさんは「まぁ、いろいろありましたけどね」と言った。
「私の両親が大反対で。もう当然のごとく大反対で、とくに父親は、まったく受け入れる感じではなかったですね。私は初婚だったし、一人娘なので。それに彼は20歳年下だったし、そのときはまだ仮放免の話は父にはしなかったんですけど、やっぱり外国人ということで受け入れてもらえるまで時間がかかって。ものすごく大変でした」
 用事があって実家に帰るときはお土産を持っていくように心がける。父の誕生日にはケーキを持っていく。マモさんも一緒に行くのだが、マモさんだけ家に入るのを断られていた。
「母とは玄関で『こんにちは』って挨拶をかわすんですけど、父はもう出てこないんですよ。家に上がれないので、私が実家に滞在してる2〜3時間の間、マモは、離れたところの公園とかで時間を潰して、大体このくらいの時間ってなったときに迎えに来てもらって、また一緒に帰る。それが何回かありましたね」
   いちばん受け入れてほしい両親に結婚を受け入れてもらえないまゆみさん。妻の実家のそばで1人で時間をやり過ごすマモさん。結婚を祝福されない寂しさを抱え、車で帰路につく2人の姿が目に浮かぶ。
 その状態が数か月続き、ずっとこうなのだろうかとまゆみさんはつらかったが、母が先に受け入れてくれた。おそらく父の気持ちをなだめることもしたのだろう、やがてマモさんも家に上がれるようになった。

 マモさんのお人柄をうかがうと、まゆみさんは「結構、古風な考えですね」と言って笑った。
「心はとっても優しいし、誠実ですし、責任感がものすごく強い。人に頼まれると嫌と言えなくて、頑張りすぎちゃう。で、自分がまいっちゃうっていう。困っている人を助けてあげようっていう気持ちは、たぶん人一倍強いと思いますね。自分でもそれは言ってますね。『人を助けてあげられるようになりたい』って、よく言ってました。気性は荒いんですけど」
「短気なんですね。せっかちで短気。瞬間湯沸かし器なんです(笑)。そうなんですけど、もう心はほんとうに温かくて、優しくて、嘘をつけないタイプかな。真っ直ぐなんですよ。それで表現もストレートなので、誤解を受けることもあるかもしれない。理不尽なことを許せない人ですね。私よりしっかりしてるので、年齢差をあまり感じません」
 お会いしたことはないけれど、すごく魅力的な方だろうなと思う。そのマモさんは18歳のときに来日した。トルコの兵役を逃れるためだった。クルド人であるマモさんは、クルド人であるというだけでトルコ軍に迫害される光景を子どものときから目にしていた。そのため、こんな軍隊には入りたくない、クルドを虐げるこんな国にもいたくないと、徴兵される直前に出国して日本に逃れてきたのだった。日本に叔父や叔母がいたのと、トルコと日本は短期滞在であればビザ(査証)の取得なしで入国できる査証免除協定を結んでいたからである。

 マモさんは2008年に成田空港に着き、「観光」目的として入国しようとしたが、入国審査で止められ、別室に連れていかれて「あなた、ここでもう帰りなさい」といきなり入国拒否されてしまった。マモさんは「帰りたくない」と抵抗。飛行機のタラップのところまで連れていかれたが、「帰らない」と座り込みをして粘る。飛行機には乗せられなかったものの、成田空港の収容部屋に1か月収容されたのち、茨城県牛久市にある東日本入国管理センターへ移送された。収容中に難民認定の申請をし、5か月ほど収容されてから仮放免となった。それが、まゆみさんと出会う前の1回目の収容である。
 難民のことも仮放免という立場のことも知らなかったまゆみさんは、マモさんの置かれた不安定な状況を知るにつれ、彼はもちろん自分も収容のことを心配しないで済むよう、在留資格がある状態で一緒に暮らしたいと願うようになる。結婚することによって在留資格を取れるのではないか、助けてあげられるのではないかという考えは、ただただ彼の側にいたいというひたむきで純粋な思いから生まれたものだった。

 結婚し、休日の朝には自分で種を発酵させたパンを焼き、マモさんと食べる。クルド料理も、2019年に夫と子どもたちとともに来日したマモさんの妹や、マモさんより少し早く2006年に日本に来ていた叔母に習ったり、自分で学んで作れそうなものは作る。マモさんに「あなたのは日本の味つけなんだよ」と言われたりするが、そのやりとりも楽しい。2人で車で出かけるのも幸せなひとときである。

手作りパンとレンズ豆のトルコ風スープが並ぶ、マモさんと過ごす休日の朝の食卓

 そんな日々が続く中、まゆみさんは、自分たちはもう結婚したのだから、まさか彼が再び収容されることはないだろうと思っていた。
「でも、夫はそうは思ってなくて。『絶対じゃないよ。入管なんてわかんないよ』って、いつも言ってたんですけど、私は『いやいや、そんなことないでしょ』って思ってたんですよね。でも、2017年に突然、仮放免の更新で出頭したときに拘束されたんです。目の前で実際それが起こってしまって、とてもショックを受けました。ほんとうに起こっちゃったんだなぁって……」

著者情報

小説家

木村友祐

きむら ゆうすけ

1970年、青森県八戸市生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。2009年『海猫ツリーハウス』で第33回すばる文学賞を受賞しデビュー。著書に『海猫ツリーハウス』(2010年、集英社)『聖地Cs』(2014年、新潮社)『イサの氾濫』(2016年、未来社)『野良ビトたちの燃え上がる肖像』(2016年、新潮社)『幸福な水夫』(2017年、未来社)『幼な子の聖戦』(2020年、集英社/第162回芥川賞候補)温又柔氏との往復書簡『私とあなたのあいだ―いま、この国で生きるということ』(2020年、明石書店)がある。

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