紛争地イラクから“平和細胞”を拡散する 〜新しい平和教育メソッドを作りたい
高遠菜穂子(フリーランスエイドワーカー)
(構成・文/志葉玲)
2003年、米英が中心となってイラクのサダム・フセイン政権を打倒したイラク戦争は、現地の社会に大きな分断をつくり、その悪影響は今なお深刻だ。そんな中、現在もイラクにとどまり、宗派や民族を超えた人々の橋渡しをすべく活動している日本人女性がいる。イラク支援ボランティアで、2004年4月にイラク西部ファルージャで発生した日本人人質事件の被害者でもある高遠菜穂子さんだ。憎しみに引き裂かれた人々の心をどのように結びつけていくのか。高遠さんが始めた第一歩は、子どもたちへの絵本の読み聞かせだった。

イラクで読み聞かせの活動をする高遠菜穂子さん(中央)。現地の小学校にて。高遠さん提供
地獄の底には、さらに地獄の扉があった
私は、2003年からイラクの戦争被害者への緊急支援を行ってきました。米軍占領下での反米武装勢力掃討作戦や、イスラム教シーア派とスンニ派の宗派間対立での殺し合いなど、イラクで繰り広げられる地獄の光景を見続けてきました。そして、そうした状況が10年以上続いたあと、2014年にIS(いわゆる「イスラム国」)がイラクで一気に勢力を広げた時には、「地獄の底には、さらに地獄の扉があった」と実感しました。
2014年1月にISがイラク西部の都市ファルージャを占拠します。同年6月にはイラク北部の人口200万人の大都市モスルをISが占拠、「建国宣言」を行いました。これで世界中が大騒ぎになるわけです。その2カ月後の8月には、ISがキリスト教徒やイラク北部に暮らす少数宗派ヤジディ教徒を虐殺し始めます。改宗を迫り、拒んだ数千人を処刑してしまいました。ヤジディ教徒の女性は数千人が性奴隷として連れ去られて、今も3000人が行方不明のままです。その実態を告発したのが、性奴隷にされた一人で、2018年にノーベル平和賞を受けたナディア・ムラドさんでした。
2014年9月、米国主導の対IS有志連合が結成され、2016年10月にモスル奪還作戦が開始されます。当時、私はイラクの中でも比較的治安のいい北部のクルド人自治区のドホークという都市で、モスルなどからの避難民を支援していました。ここに、何万もの人々が逃げてきて、テントすらなく、着の身着のまま街路樹の下で野宿をしていました。郊外の工場の中も避難者でいっぱいで、建設途中の建物にも避難していました。ISは少しでも逆らう者は皆殺しにして犠牲者の遺体を晒すなど本当に残虐な行為を繰り返していましたが、一方で対IS有志連合やイラク軍も、モンスターのようなISを倒すためなら多少の民間人被害は仕方ないという姿勢があり、空爆によって多くの市民が犠牲となりました。

ISから逃れて避難するヤジディ教徒たち。2014年8月13日、イラク
なぜ若者はISに洗脳されたのか
対IS有志連合とイラク軍によるモスル奪還作戦は、約9カ月間の激戦の後、2017年7月に終了しました。しかし、ヤジディ教徒の避難民は今も過酷なテント暮らしを続けています。また、ISは人々の心にも深い傷を残しました。
ドホークの精神科医は「洗脳された子どもたちの扱いは最大の問題」だと言います。更生プログラムや再教育がまったくできておらず、将来、再び過激思想に染まる恐れもあります。元IS少年兵たちは報復を恐れて、地域に帰ることができないのです。私が話を聞いた元少年兵は「村に戻ったら俺は殺される。だから帰りたくない」と怯えていました。
ですから、元ISの若者たちだけではなく、彼らを受け入れる社会も変わらないといけない。それには、なぜ若者たちがISに参加してしまったのか、を理解する必要があります。若者たちがISに参加したのは、お金を得るためだけではなく、政府軍や警察への恨みがあったからなのです。
イラクでは2003年の米軍の攻撃によってサダム・フセイン政権が倒れましたが、その後、民主的な政府になったかというと、残念ながらそうはなりませんでした。汚職や、宗派や地域の違いによる復興の偏りに人々が抗議をすると、イラク政府軍に逮捕されたり、実弾で射撃されたりしました。イラク西部ファルージャでは、「アルカイダに占拠された」という口実で政府軍に空爆され、病院まで攻撃される状況でした。こうしてイラク政府に恨みを持った人々が、当初は助けに来たヒーローを装っていたISに騙され、受け入れてしまったり、戦闘員として参加してしまったりしたのです。
こうしたバックグラウンドを、元少年兵を受け入れる側の人々も知らなければ、そもそも対話が始まりません。私はこれまで、米軍に攻撃された被害者や元米兵、宗派間対立の被害者などの対話に立ち会ってきました。多くの場合、彼らは、自分自身の被害についてとても感情的になってしまいます。そうなってしまうと、お互いに共感を得るということには、なかなか至りませんでした。
そもそもイラク戦争以前から、クルド人はアラブ人に迫害されてきたという歴史的経緯があります。私が(クルド人自治区の)ドホークなどでアラビア語を話すと「なぜ、アラビア語を話す?」とクルド人に食ってかかられることもありました。また、ヤジディ教徒の場合は、IS台頭以前からイスラム教徒による迫害を受けており、同じクルド人であっても、ヤジディ教徒はイスラム教徒を敵だと思っています。
こうしたお互いのバックグラウンドに対して、知ることや想像すること、共感することなしには、お互いに敵視するだけとなってしまいます。
戦後日本の平和教育をイラクで
そこで私は、戦後の日本の平和教育を取り入れ、イラクで世代を超えて受け継がれてきた「報復の連鎖」を断ち切るための新しい平和教育を構築するプロジェクト「PCP(ピースセルプロジェクト=「平和細胞プロジェクト」)」を始めました。
具体的には、以下のことを目指しています。
・さまざまなプログラムを通して、読書の習慣、表現力、共感力を身につける。地球環境や人権に対する意識の向上、平和に対する学びを高めていく。
・将来的には、公立の学校のカリキュラムに「平和学習」を取り入れることを目標とする。
イラク国内でも最大数の国内避難民を受け入れ、戦争の犠牲者や元少年兵などを多数抱えるドホークを起点として、各地へ広めようとしています。PCPのアイディアは二つのきっかけから生まれました。
一つは、IS危機によってクルド人自治区にイラク国外から国連やNGO、報道関係者が大勢来たことによる社会の変化です。以前、私は宗派や民族による分断の深さを埋められる自信はありませんでした。ところが現在、若者たちは、アシスタントやコーディネーター、通訳などとして、国外からの人道支援、報道関係者と一緒に働く中で人権意識を学んでいます。実際にアラブ地域に行って、「アラブ人の被害も大きいことを初めて知った」という人もいました。そうした中で、現地のクルド人の若者が「避難民の受け入れは大変だけど、ダイバシティー(多様性)を手に入れたことはよかった」「お互いを認め合える社会をつくりたい。それが今一番やりたいことだ」と言ったことに、私は心の底から驚きました。若者たちの意識が変わりつつある今なら、平和教育のプロジェクトができるのではないか、と思うようになったのです。
もう一つのきっかけは、日本への一時帰国中、講演に訪れた福島県の高校での演劇を観たことです。演劇の脚本は、生徒たちが1年かけて原発事故について調べ、フィールドワークを行い、原発関係者、帰宅困難区域の役所の人たち、町長、経済産業省や東電の人など、いろいろな立場の人々にインタビューをして書かれたものでした。
その内容は、中間貯蔵施設や帰宅困難地域など、大人だったら避けるような“タブー”な話ばかり。それを生徒たちが迫真の演技で伝えている。若者たちが福島県の地域課題に真っ向から向き合っていることに、私は感動して涙がとまりませんでした。
これを、イラクでもやりたい! そう思って、演劇ワークショップをやっている人たちに声をかけ、PCPの活動を始めました。
絵本で感性の基礎体力を鍛える
著者情報
フリーランスエイドワーカー
高遠菜穂子
たかとお なほこ
1970年、北海道生まれ。大学卒業後、会社員を経て地元で飲食店経営に携わる。2000年インドの「マザーテレサの家」、2001年からタイ、カンボジアのエイズホスピスでボランティア活動に専念。2003年5月からイラクでの活動開始。主に病院や避難民への緊急支援、医療支援などを行う。2004年4月にイラク・ファルージャで「自衛隊の撤退」を要求する現地武装勢力に拘束された。解放後、日本国内で「自己責任」バッシングを受ける。現在もイラク人道・医療支援活動を継続中。2019年より難民・国内避難民を多数受け入れているクルド自治区ドホークで教育支援を始めた。「イラク戦争の検証を求めるネットワーク」呼びかけ人、「海外派遣自衛官と家族の健康を考える会」共同代表、「九条の会」世話人。