扶養照会のルールが変わっても、問題山積の生活保護制度。「これ以上絶望させないで!」
小林美穂子(つくろい東京ファンドメンバー)
長年、貧困問題や生活困窮者支援に尽力してきた「つくろい東京ファンド」の小林美穂子さんに、コロナ感染が広まって2度目の年末年始の状況や、生活保護制度活用の現状などについて寄稿していただいた。

「年越し大人食堂2022」の様子。撮影/山崎まどか
あの事件の彼は……
「人生を終わりにしたかった」
渋谷の焼肉店に立てこもり、その後、「警察に捕まって死刑になればいいと思った」と語った男性(28歳)のニュース映像を見たのは、路上生活を10年経験したあとに「つくろい 東京ファンド」のシェルターに入り、今はアパート暮らしをしているSさん宅を訪ねていた時だった。腰を痛めたSさんの容態をうかがっている最中、つけっぱなしになっていたテレビに無数の警察官が映り、非常事態を伝えていた。
「俺みたいにつながったやつもいれば、ああなっちゃうやつもいる」
テレビを指さしてSさんが言い、私は「新宿」や「路上生活」というワードに顔を曇らせた。
焼肉店に立てこもった若い男性は、2週間前に長崎県から上京し、1月8日に事件を起こすまで、新宿中央公園で路上生活をしていたそうだ。
福祉事務所などの公的機関が閉じてしまう年末年始の間、東京では各地で炊き出しや相談会が行われていた。私も12月30日と1月3日に四谷のイグナチオ教会で開催された「年越し大人食堂2022」に相談員として参加していた。男性が野宿をしていた新宿でも、何か所かで相談会があったはずだ。
彼はどこかに相談していたのだろうか?
私は怖くなった。
自分が大人食堂で相談に入った20人弱の相談者を思い出そうとするが、たった一度会った人たちの顔は混ざり、おぼろげで、うまくいかない。
「ここでは仕事を紹介してくれないんですか? 生活保護は考えていないです」と、座るなり切り出す方が何人かいらっしゃった。今夜から暖かいビジネスホテルで休むことができますよ、生活保護の利用を親族に知られることもないですよと、熱心に制度利用を勧めても彼らはしばらくうつむいて黙り込み「いいです」と席を立った。
あの中にもし彼もいたのだとしたら……そう考えると、「ああ、どうしよう」と頭を抱えたくなる。
「長生きなんてするもんじゃないわね」
昨年(2021年)から地域のフードパントリーや相談会に参加していて気付いたのは、近い将来、生活ができなくなることが確実になった人たちの存在だ。
残り数十万円になった貯金を切り崩しながら、月々にすれば4万円ほどの年金で暮らし、必死に仕事を探す85歳の男性がいた。
「この歳でしょう。コロナでしょう? どこも雇ってくれないんだよ」
分厚い眼鏡をかけたその男性は、グローブのように皮が厚くなった手を私に見せ、「触ってごらんよ、働いてきた人間の手でしょう?」とため息をついた。それでも、生活保護は固辞し、仕事はないかと尋ねた。
夫に先立たれ、低年金で暮らす高齢女性はこう話した。
「毎日納豆とごはん。野菜? ほら、スーパーに行くとキャベツの外の皮が捨てられてるでしょう? あれを貰ってきて茹でて食べるの」
都営住宅に住みながら、貯金をできるだけ減らさないように食費を極限まで削っている。
「どうしてもっと早く死ななかったんだろ。長生きなんてするもんじゃない。不安で夜も眠れないのよ」と泣き笑いのような表情でため息をつく。
年末年始の大人食堂で相談に来てくださった人たちの中にも、体を壊していても病院に行かず、減っていく貯金に恐怖しながら日々カップラーメンを食べているという男性がいた。「ハローワークで100件くらい応募しているけれど、返事も来ない。どうやって探したらいいの? もう、少しぐらい危ない仕事でもいいんだけど」と自暴自棄になっていて、私を慌てさせた。どの人も、その人ができる最大限の努力はしているのに、生きる道が一向に見えてこない。絶望の中で眠れぬ夜を過ごしている。
コロナ前から露呈していた雇用の問題は、長引くコロナ不況によって、それまで不安定ながらなんとか生活ができていた人たちをも巻き込んでいることが顕著になっている。今や生活に困窮する人々は増え続け、とどまるところを知らない。これは、個人の問題では決してなく、雇用や政治、社会システムの問題だ。
生活保護制度を使いやすくし、住居確保給付金のような支給型の支援を増やさない限り、この先、悲しい自死、心中、事件は増える一方だろう。言い換えれば、福祉や制度がちゃんと機能し、積極的にその利用を促すことで回避できる悲劇がたくさんあるということだ。
自己責任論と生活保護バッシングの罪
そもそも、どうして社会保障制度である生活保護がこれほどまでに忌避されるのかといえば、その大きな原因は自己責任論と生活保護バッシングにある。
小泉首相(当時)がイラクで人質になった日本人に対して使った「自己責任」という言葉は、たちまちどんなことにも使える便利なワードとなった。この言葉さえ使えば、権力者は何もしなくていい魔法(悪魔)の呪文でもある。
2012年に自民党の片山さつき参議院議員が「生活保護バッシング」の種をまき、多数のメディアが水と肥料を与え、差別とスティグマという醜く悲しい花が咲いた。生活保護利用者への差別は加速され、生活保護利用者は肩身の狭い思いをし、生活保護制度を利用すべき困窮者を制度から遠ざけた。
しかし、それ以前から、日本は「自己責任論」の芽が育ちやすい土壌にあったと私は感じている。「自業自得」とか「人様の迷惑にはなるな」とか、「働かざる者食うべからず」といった言葉が表すように、勤勉でなんでも自力で解決することが美徳と教えられてきたこの国で、自己責任論や生活保護に対するスティグマ、恥の烙印(らくいん)は猛烈な勢いで強化されていった。
その果てに、寝たきり状態の姉84歳と同居し、介護をしていた82歳の妹が、ケアマネージャーから生活保護の利用を提案されたものの「税金をもらって生きるのは他人に迷惑をかける」と、姉を殺害するような悲惨すぎる事件が起きてしまう。
制度は必要だから作られ、使ってもらわないと意味がないのに、日本の生活保護捕捉率 は他国と比べて著しく低く、2割程度だ。最後のセーフティネットと呼ばれる生活保護制度を使うくらいならといって、高齢者が殺人を選んでしまうような現状を、国は真剣に悩んだほうがいい。
今さら感はあるけれど、自己責任だの生活保護バッシングの旗振りをした連中もメディアも、その責任の重さと向き合い、スティグマを払拭する最大限の努力をしてほしい。

「年越し大人食堂2022」の様子。撮影/山崎まどか
制度へのハードルを下げる熾烈な闘い
コロナ禍で生活が困窮する人が激増する中、厚生労働省はホームページ上に「生活保護の申請は国民の権利です。生活保護を必要とする可能性はどなたにもあるものですので、ためらわずにご相談ください」と、これまでで初めて生活保護利用を初めて公式に広報した。その後も、DaiGo氏の動画が炎上した直後などに公式ツイッターでも呼びかけているが、まだまだその呼びかけは十分とは言い難い。
2020~2021年の年末年始に行われた炊き出しや相談会現場で、訪れた人たちから集めたアンケートによれば、生活保護制度への障壁は多い順で以下の通りだった。
1位:親族に知られる(扶養照会)のが嫌
2位:集団生活を強いられる施設に送られるのが嫌(住所不定者の場合)
3位:福祉事務所の対応がひどすぎる(過去に利用歴がある人の回答)
著者情報
つくろい東京ファンドメンバー
小林美穂子
こばやし みほこ
1968年生まれ。居場所兼就労の場として設立された「カフェ潮の路」のコーディネーター。幼少期をアフリカ、インドネシアで過ごし、長じてニュージーランド、マレーシアで就労。ホテル業(東京、マレーシア)→事務機器営業(マレーシア)→工業系通訳(栃木)→学生(上海)を経て生活困窮者支援という、ちょっと変わった経歴の持ち主。共著書に『コロナ禍の東京を駆ける 緊急事態宣言下の困窮者支援日誌』(岩波書店、2020年)。