急増する困窮外国人のいのちを守れ!「本国が保護すべき」という論理を超えて
大澤優真(ソーシャルワーカー)

急増する困窮外国人の現状
コロナ禍によって日本に暮らす外国人の生活状況が深刻化し、人が生きていくために不可欠な医療・食事・住居を確保できない外国人が増加している。生活に困ったとき、生活保護を利用すれば“医食住”を確保することができる。しかし、外国人の中には生活保護を利用することを認められず、最低生活以下の貧苦にあえぎ続けている人がいる。インターネット上では、こうした困窮化した外国人に対して「日本人でさえ困っているのに外国人に生活保護を与える必要はない」「困窮した外国人は国に帰ればいい」といった反応が散見される。しかし、単純にそう言い切って終わりにして良いのだろうか。
2021年5月3日と5日、東京都内の教会で「ゴールデンウィーク大人食堂」が開催された。そこでは、生活相談や医療相談、食料提供が行われ、多くの困窮者が参加していた。このような相談会は全国各地で行われているが、この「大人食堂」は他の相談会とは様子が異なっていた。こうした相談会では今まで見たことのない数の外国人が押し寄せていたのである。相談会に参加した外国人は2日間で約150人。その多くは就労することが認められず、また、生活保護のような公的保障を得ることも認められていない人たちであった。
そこで出会った外国人はみな口をそろえて同じことを言っていた。「お金がなくて食べるものがない」「お金がなくて病院に行けない、治療費が払えない」「お金がなくて家賃払えない、すごい滞納している、大家さんに迷惑をかけている」。もはや民間の支援団体による支援だけではどうにもできない状況であった。
こうした環境に置かれている外国人は多数存在している。
仮放免者の手術費用に集まった寄付
ある日、私が所属する困窮外国人支援団体の北関東医療相談会に、南アジア出身の母親と2人の子どもの家族から相談があった。一家全員「仮放免者」(就労しない等、入管側が求める条件を守ることを前提に、収容施設から解放され、自宅等での生活が許可された人)だ。母親は卵巣ガンに罹患しており、医師からは手術する以外に回復の見込みはないと言われていた。しかし、仮放免者である彼女は国民健康保険に加入することが認められておらず、また、生活保護を利用することも認められていないため、手術することができない。病院からは800万円ほどの手術費用がかかるかもしれないと言われた。彼女たちにそんな金額を準備する余裕はない。必然的に、ただただ状態が悪くなっていくのを待つ以外にできることはなかった。ガンは進行し、腫瘍は肥大化。内臓を圧迫して彼女は腹痛を訴えていた。こうした状況を間近で見ていた子どもは、自らがんセンターに行き、「母を助けてほしい」と懇願した。しかし、予約もせず、手術費用を払える目途もなかったため、当然ながら子どもは追い返されてしまった。このとき、この子どもはどんな気持ちでがんセンターに行ったのか。想像するだけで胸が締め付けられる。子どもは支援者に支えられて大学に通学していたが、母を支えるために、誰にも相談せず自主退学した。
6月4日、この母親の手術費用を集めるため、また、彼女のようにつらい状況に置かれている仮放免者の治療費を集めるため、支援してきた弁護士と困窮外国人支援団体の北関東医療相談会が厚生労働省で記者会見を行った。記者会見の反響は大きく、その後、多額の寄付が集まり、母親の手術費用を準備することができた。

北関東医療相談会の記者会見で困窮外国人の手術費用への寄付を訴える筆者(右端)。(C)Natsuki YASUDA / Dialogue for People
寄付を送ってくれた人からあるコメントをもらった。「私も乳ガン経験者。手術がうまくいくことを祈っています」。今の日本社会では、国籍の違いや在留資格の有無で生活や生命の存続が左右されている。しかし、当然ながら病気にかかれば日本人も外国人も苦しい。苦しみを感じることに国籍の違いは関係ない。母の苦しみ、子の苦しみ、「大人食堂」に来ていた明日の生活さえ見通せない外国人の苦しみ。他者の苦しみを想像し、その苦しみを自分事として考えようとする「苦しみの共感」があったからこそ、寄付を送ったのだろう。そこに国籍の壁を超える可能性があるのではないだろうか。
その一方で、記者会見への反応には好意的なものだけではなく、「日本人でさえ困っているのに外国人に生活保護を与える必要はない」「困窮した外国人は国に帰ればいい」「国に帰るための寄付を集めればよい」といったものも寄せられていた。こうした反応についてどう考えればよいだろうか。外国人と生活保護の歴史を踏まえつつ考えていきたい。
外国人の生活保護制度はどうなっているのか
まず、現在の外国人に対する生活保護の運用について確認しよう。ポイントは3点ある。
(1)大前提として、厚生労働省は外国人に対して生活保護法の適用を認めていない。
(2)ただし、永住者や定住者などに対して、各自治体は生活保護法の準用措置を行っている。この準用措置は権利として認められたものではない。そのため、当事者の不服申し立てができないなど問題点を含んでいるが、準用措置の内容自体は日本国民に対する保護とほぼ同内容であり、外国人という理由だけで生活保護費の支給額を下げることなどはしてはならないとされている。
(3)その一方で、厚生労働省は留学生や技能実習生、就労系の在留資格を持つ外国人、仮放免者などに対して準用措置を認めていない。現在、まさにこの点が問題となっている。生活保護から排除されたこれら外国人の生活を支える仕組みは日本にはほとんどなく、先に述べたように貧苦にあえぎ続ける外国人がいる。

この準用措置という形による保護は1950年に生活保護法が制定されてから70年以上行われ続けている。ただし、生活保護法制定当時は現在のように在留資格の違いによって生活保護から排除するか否かを判断していなかった。現在の運用に変化したのは1990年である。
多様化した「外国人」に国や自治体はどう対応したか

上図で示したように、戦後の外国人登録者数の推移について見てみると、1950年時点では59万8696人であったが、その後徐々に増加し、1980年代後半以降に急増、1990年には107万5317人となった。この外国人急増の背景にはいわゆるニューカマー外国人の増加があった。
戦後からしばらくの間、日本に暮らす「外国人」の多くは在日韓国・朝鮮人であった。これらの人たちは第二次世界大戦時に日本の植民地であった朝鮮半島出身者とその子孫であり、1952年まで日本国籍を有していた。その後、韓国・朝鮮人数は増加し、その一方で、それ以外の国籍の外国人も増加した。外国人登録者に占める韓国・朝鮮人の割合は、1950年時点では91%であったが、1990年には64%にまで低下した。また、この当時、非正規滞在者(超過滞在者)も増加しており、1990年7月時点で10万6497人の非正規滞在者が存在していた。
各自治体は、こうした1980年代後半以降の外国人の急増と多様化に対応する必要に迫られた。自治体によって対応は異なってはいたが、現在では生活保護から排除されている「就労系の在留資格を持つ外国人」や、留学生、非正規滞在者にも準用措置を行っていた。例えば、1990年3月21日、留学生であるスリランカ人男性が緊急入院した。4月13日に退院したが、医療費が162万円に上り、支払うことができなかったため、神戸市福祉事務所に生活保護を申請したところ、医療費を支給することが決定された(外国人の生存権を実現する会編『厚生省はゴドウィンさんに生活保護の適用を!資料集Ⅱ』1995年)。
著者情報
ソーシャルワーカー
大澤優真
おおさわ ゆうま
1992年、千葉県生まれ。法政大学大学院人間社会研究科博士後期課程修了。博士(人間福祉)。大学非常勤講師。2014年より生活困窮者支援団体「つくろい東京ファンド」生活支援スタッフとして、夜回り、ホームレス状態にある人のシェルター入居支援、シェルターからアパートへ移った人への地域生活支援を行う。また、2018年より困窮外国人支援団体「北関東医療相談会」事務局スタッフとして、仮放免者など困窮する外国人の支援を行う。Twitterアカウント:https://twitter.com/yumananahori