定時制のリアル(3)「フレキシブル」な学びは教育の最先端(神奈川県立川崎高校)
黒川祥子(ノンフィクションライター)
新型コロナウイルスが社会全体を大きく揺らす中、教育現場もさまざまな試行錯誤を迫られています。画一的な普通科教育とは異なる定時制高校に、何かヒントがあるかもしれません。単位制を採用し、全日制と定時制の生徒がともに学ぶ場をつくりだしている神奈川県の公立高校を、ノンフィクションライターの黒川祥子さんが取材しました。
大学のキャンパスのような校舎
JR南武線の支線「川崎新町」駅からすぐ、神奈川県川崎市南部に位置する、神奈川県立川崎高等学校。
初めて訪ねたのは、新型コロナウイルスの影も形もない1年以上前のことだった。
靴箱が並ぶ昇降口を想像していたが、ドアを開ければ靴のまま校内へ。打ちっ放しのコンクリートの壁に吹き抜けの天井と、開放的で明るい空間が目の前に広がる。
校内には随所にテーブルやベンチが設置され、生徒たちがノートや教科書を広げていたり、くっついておしゃべりしている。ガラスの向こうに見える中庭にもテーブルと椅子、観葉植物が配され、生徒たちが思い思いに過ごしている。一般的な学校における、生徒の居場所は教室にある自分の机かランチルームだけ、という窮屈さとは、真逆の校舎だった。
生徒たちも、制服をきちっと着ている子より、私服やジャージの子が多く、リラックスした雰囲気だ。この自由度の高さは、高校というより大学のキャンパスのようだ。
これも、川崎高校が「フレキシブルスクール」を掲げるからなのだろうか。
「フレキシブルスクール」――、初めて聞く言葉だった。定時制の取材で訪ねたのだが、面食らうことばかりとなった。

校舎の外観(提供:神奈川県立川崎高校)
「フレキシブルスクール」とは?
そもそも神奈川県立川崎高校は、県下有数の進学校として長い伝統を誇ってきた。この川崎高校が川崎南高校と統合、「単位制普通科高校フレキシブルスクール」という、新たな使命を持つ高校として生まれ変わったのが、今から16年前の2004年のことだった。「フレキシブル」とはしなやかな、やわらかいという意味を持つ言葉だ。
「フレキシブルスクール」となった川崎高校の最大の特徴は、全日制課程と定時制課程が一体化していることだ。これは、全国的に見ても非常に希少な試みだという。
授業は、基本的には全日制は午前と午後の6時間(9時から昼休みを挟み16時35分まで、1~4校時。〈1校時=授業の1単位。90分〉)、定時制は午後と夜間の6時間(13時20分から中休みを挟み20時50分までの8時間、3~6校時)を使って時間割を組み立てるのだが、定時制の生徒が午前の授業を、逆に全日制の生徒が夜間の授業を受けることもできる。
こうして“全定一体”を掲げるゆえ、入学式は全日制と定時制が一緒に行う。体育祭も合同だ。ただし、卒業式だけは別に行う。これは定時制と全日制の習慣の違いからだ。定時制の卒業式は全日制と違って、全在学生が出席する。それは在校生に卒業を果たした先輩の姿を見せることで、「自分も卒業したい」と思わせる教育的効果が大いに期待できるためだという。
ざっと校内を案内していただいて驚いたのは、教室に自分の机があるという、学校生活の“当たり前”が存在しないことだった。生徒には個人用のロッカーがあり、自分の荷物を入れ、自分の選んだカリュキュラムに従い、各自で教室を移動する。
高校では珍しいこのような教育システムが可能となったのは、川崎高校が学年ごとに履修科目が決まっている「学年制」ではなく、卒業までに必要な単位を取ればいい「単位制」を採っているからだ。
教室はないが、クラスはある。全日制でも定時制でも、クラスは入学時に編成され、卒業まで変わらない。2年次からは自分の将来に向けて必要な授業を選択していくので、文系と理系などと進路に合わせてクラスを分けなくとも問題がない。
ゆえに、担任は卒業まで変わらないが、かわりに「チューター制度」を導入しており、生徒が副担任を自分で選ぶことができる。とりわけ定時制は1学年70人を4クラスに分けるので、1クラス平均17〜18人となり、教員はよりきめ細かく、一人一人の生徒に向き合うことができるようになっている。

明るいスペースにロッカーが並んでいる
高校としても、定時制としても異例な川崎高校
日本の高等学校は全日制と定時制、通信制に分かれている。全日制は一般的な高校のイメージで、朝から夕方まで学び、授業は1日6時間、3年で卒業する。
定時制は夕方から夜まで学ぶ印象があるが、最近の傾向として、全国的には「多部制」が多くなっているという。全日制と同じ校舎を昼夜で使い分けるのではなく、定時制として独立した校舎で、「午前部」「午後部」「夜間部」という、3つのセクションを併設する高校だ。このため生徒は選択した部に応じて午前中だけ、昼~夕方だけ、夜だけ登校して授業を受けるケースが多い。1日4時間の授業時間で、4年で卒業する。
通信制は学校へ通学せずに自宅で学習を行い、レポート(課題)、スクーリング(面接指導)、テストなどで単位を取得、高校卒業の資格を得るものだ。
こういった高校制度の中で、川崎高校のように全日制と定時制を一体化する例は、非常に稀だ。それゆえか、川崎高校定時制の入試倍率は高く、毎年1倍以上となる。これもまた珍しいことだという。今や、ほとんどの定時制は定員割れを起こし、受験すれば誰でも入学できる状態になっている。
それにしても、そもそも全日制と定時制では入試そのものの難易度が違う。入り口が別なのに、入学すれば基本的に一緒というのは、仕組みとしてかなり難しいことなのではないか。平松和夫校長は、やわらかな笑顔をこちらに向け、こう話された。
「当初は難しいところもありました。特に、教員の指導範囲という問題です。単位制とはいえ、教員は全日制と定時制で別々の枠として採用しているので、本来ならこの枠を超えて生徒を指導することはありえません。ところが、本校では、定時制で2年次以上になると、進学を目指して午前中の授業を取る生徒が出てきます。そうすると必然的に全日制の教員が、定時の生徒を指導しなければならなくなるのです。時間がかかりましたが、慣れれば問題はなくなりました。校内でも、全日制と定時制の生徒の間で、一緒にいることへの違和感は、非常に少ないと思いますね」
確かに校内にいる限り、どの子が全日で、どの子が定時かの見分けはつかない。それが教師にとっても生徒にとっても自然なのが、川崎高校の日常だ。ただし、体育祭の日は話が別。合同で行うが、全日制と定時制が競いあう。目下、定時制が4連覇中だという。比較的恵まれた環境にある全日制を打ち負かす、定時制の生徒たち。何とも痛快だ。

教室のドアには「Room 208」などと書かれていて、やはり大学のキャンパスを思わせるつくり
定時制にやってくる生徒の多様性
定時制と言えば、ひと昔前なら高校に行けなかった年配者、昼間働き、夜に学ぶ勤労青年の学びの場ではあったが、平松校長は「そういうかたはもはや、ほぼいない」と言う。
川崎高校定時制の場合、積極的に志望して受験してくる生徒もいる。
「例えば、車いすを使う生徒で、とても勉強ができる子が本校の定時制を選んでくれることがあります。彼らは通勤時間帯の満員電車に車いすで乗れないという事情もあり、少し時間をずらして登校できる定時制に進みながら、大学進学を目指して、全日制の講座を取っています。そういう生徒が毎年入学してきてくれますね」
しかし、生徒の圧倒的多数は、何らかの困難を抱えた子どもたちだという。
「本校に限らず、定時制や通信制を選ぶのは、外国籍の子とか、複雑な家庭環境の子とか、発達障害などでうまく人と合わなくて、中学などでいじめに遭い不登校になってしまった子とか、家庭が経済的に困窮しているとか、さまざまな背景を抱え、全日制には進学できない子どもたちが多いです。経済的な余裕がある家庭なら民間の広域通信制という道もありますが、そうでなければ公立の定時制か通信制かという選択肢しかありません。本校にも、消去法の結果進学してきた子どもたちがいるのは事実です」
外国籍の生徒については、川崎市という土地柄もあるという。
「川崎の特性は、多文化・多様性なのだと思います。もともとは在日韓国・朝鮮人のかたが多い地域でしたが、今は三世、四世の時代で言葉や文化の違いによる問題は減ってきています。近年は来日して間もない中国人が圧倒的に多く、他にはフィリピン、ブラジルなど、両親が日本語を話すことができない家庭の子どもたちが、日本語を学ぶために本校に来ています」
確かに、川崎市の人口約150万人のうち、外国人登録者数は4万5000人ほど。国籍の内訳では最多は中国人で1万5000人、ついで韓国・朝鮮人が8000人となっている。そうした背景を受けてか、2019年12月、川崎市では全国に先駆けてヘイトスピーチ禁止条例を可決。差別を廃し、町ぐるみで多様性の実現に挑戦している自治体としても知られている。
実際、川崎高校では全日制で10%、定時制で21%、外国籍もしくは外国にルーツのある生徒が在籍している(令和2〈2020〉年度)。
平松校長は穏やかに、「本校の宝物は、いろんな生徒がいてくれることです」と語る。この多様性の尊重こそ、フレキシブルスクールの根幹にあるものなのだ。
なぜフレキシブルスクールを設立したのか?
著者情報
ノンフィクションライター
黒川祥子
くろかわ しょうこ
1959年福島県生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。業界紙記者などを経てフリーライターとなり、家族の問題を中心に執筆活動を行う。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』で第11回開高健ノンフィクション賞を受賞。著書に『熟年婚』(河出書房新社)。 また、橘由歩の筆名で『「ひきこもり」たちの夜が明けるとき』(PHP研究所)、『身内の犯行』(新潮新書)、『セレブ・モンスター』(河出書房新社)、『全国ごちそう調味料』(幻冬舎)、『県立!再チャレンジ高校』(講談社現代新書)、『PTA不要論』(新潮新書)、『8050問題』(集英社)、『心の除染』(集英社文庫)、などがある。息子が二人いるシングルマザー。