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社会問題

子どもを「授かるもの」から「つくるもの」にして良いのか?

専門医が語る、生殖補助医療の現状と問題点

久具宏司(都立墨東病院産婦人科部長)

(構成・文/村山加津枝)

今年(2018年)3月、日本産科婦人科学会(日産婦)は、胎児の染色体異常などを妊婦の血液から調べる新型出生前診断について、今後は、これまでのような臨床研究限定とはしないとする方針を発表した。さらに同年4月には指針見直しのための新たな委員会の設置を決定した。こうした検査や、不妊治療にかかわる生殖補助医療が高度化する中、様々な問題や課題が出現しており、今回の新型出生前診断もその一つである。そこで、日産婦の倫理委員として、これらの件についてメディア対応した、都立墨東病院産婦人科部長の久具宏司医師に、生殖補助医療の歴史や現状、問題点などについて聞いた。

非配偶者間人工授精児誕生から70年

 1948年に日本で初めて、夫以外の精子を受精させる「非配偶者間人工授精(AID:Artificial Insemination by Donor)」が行われ、翌年に子どもが誕生しました。それ以前も、「配偶者間人工授精(AIH:Artificial Insemination by Husband)」が行われていましたが、AIDが成功したことで、子どもの誕生に医療技術を介して遺伝子レベルで第三者がかかわることになったのです。
 AIDは限られた施設だけで行われていたこともあり、詳細な状況は明らかになっていませんが、これまでに国内では1万人から2万人の子どもがこれによって誕生したとされています。ただし精子の提供者が誰かは公表されず、長い間記録を残す義務もありませんでした。いずれにしても、無精子症など夫側の理由で子どもを持つことをあきらめていた夫婦にとっては朗報だったことでしょう。
 1990年代後半になると、精子提供をビジネスにした精子バンクが登場したことなどもあり、97年、日産婦は会告という形でAIDに関する見解を初めて出し、精子提供者の記録を残すことや実施施設の登録制などを盛り込みました。その後調査も行われ、国内で98年には188人、99年には221人が誕生したとされています。当初から子への告知を考える親は少なかったのですが、2000年の日本不妊学会の調査でも、父親の80%は子どもに告知をしたくないと答えています。
 一方で、2000年代になるとAIDで生まれた人たちが遺伝上の親を知る権利をめぐって声を上げるようになりました。しかし、AID成功から70年経った今も精子提供者は匿名であることから、遺伝子上の父を探すことがむずかしいという状況は変わっていません。

またたく間に広がった体外受精

 生殖補助医療(ART:Assisted Reproductive Technology)の中でも「体外受精胚移植(IVF-ET:In Vitro Fertilization Embryo Transfer)」の成功は大きな転換期になったと思います。子どもを持ちたいと願いつつも、不妊の原因が自らにある女性たちにとっては待ちに待った技術だったことでしょう。そして、卵子の提供者が妻以外の第三者であるケースも考えられることから、生命の誕生に複数の女性がかかわることが可能になったことも大きな転換期とする理由です。
 IVFによる子どもが初めて誕生したのはイギリスで、1978年のことでした。この技術はすぐに世界中に広まり、日本でも83年、東北大学で最初の体外受精児が生まれました。このときすでに、医師たちは様々な問題が発生するだろうと懸念していました。こうした懸念は、海外で法整備が進むことへとつながっていきました。しかし、日本では現在も法制化はされていません。これについてはあとで詳しく述べます。
 今でこそ、卵子を体外に取り出して受精させ受精卵(胚)を作ることは簡単なことのように思えます。しかし、当時の「神の領域に踏み込んでしまった」という言葉が表すように、画期的な技術でした。日本では、体外受精児を「試験管ベビー」と呼んでいました。これは体外受精児について欧米の医師や科学者、政治家や宗教指導者たちが論じる際に、その子どもを「テスト・チューブ・ベビー(the test-tube baby)」と呼んでおり、試験管ベビーはその日本語訳です。ちなみに実際の受精には試験管ではなくシャーレを使います。

さらに進化する生殖補助医療

 1985年にはイギリスで体外受精型の代理懐胎も成功しました。それ以前にも人工授精による代理懐胎、いわゆる代理母が妊娠、出産するケースはありました。この場合、卵子は代理母(サロゲートマザー)の卵子ですから、生命の誕生に実際にかかわっている女性は一人だけです。体外受精の場合は、依頼女性の卵子を用いて代理母(ホストマザー)が妊娠するわけで、複数の女性がかかわることになります。
 92年にはベルギーで、精子1個のみを卵子の細胞質内に直接注入し受精させる治療法「顕微授精(ICSI:Intracytoplasmic Sperm Injection)」が成功しました。
 こうした新しい技術の進歩により、生殖補助医療の態様は多様化していきました。そこで、現在行われている生殖補助医療について、日本で認可されているかいないかとともに、表にまとめてみました。

 体外受精の成功とほぼ同時期に、それまでの精子や卵子の凍結に加え、受精卵を凍結保存することが可能になりました。1983年にはオーストラリアで凍結受精卵による妊娠が報告されています。
 体外受精の場合、一度に複数の受精卵を作ります。1回の治療で子宮内に移植するのは、多胎となるのを防ぐ観点から、ほとんどの場合1個だけです。残った受精卵は凍結保存します。そうすることで、次の胚移植の際に卵巣刺激が不要となり、女性の負担を軽減することができます。卵巣への過剰刺激が起こっているときには、その周期での移植を見送り、すべての受精卵を凍結保存します。
 こうした技術が進んだこともあってか、日産婦の調査では、凍結卵や顕微授精使用も含めた体外受精による国内の出生児数は1998年が1万1119人で、年々増加し、2008年には初めて2万人を超え2万1704人に上っています。

着床前診断と着床前スクリーニング

 受精卵凍結の技術と相前後し、顕微授精を行った受精卵の中から一部の細胞を取り出して検査し異常がないかを調べる「着床前診断(PGD:Preimplantation Genetic Diagnosis)」の研究が開始されました。これに関しては、日産婦は、1998年に見解を出し、対象者を重篤な遺伝病患者に限定、当該疾患の原因となる遺伝子のみを調べることに加え、1例ごとに審査するなど厳しい規制を設けました。以後、その対象範囲を、何度も流産を繰り返す「習慣流産」の人まで広げるなどの改定を行っています。
 最近問題になっているのが、検査対象の疾患を限定せず染色体を網羅的に検査する「着床前スクリーニング(PGS:Preimplantation Genetic Screening)」です。
 以前から行われていた、羊水を採取し胎児に染色体の異常がないかを調べる「羊水を用いた出生前診断(PD:Prenatal Diagnosis)」では、異常が見つかったことで人工妊娠中絶をするケースが往々にしてありました。それに比べて着床前スクリーニングは、着床後に人工妊娠中絶するより女性の身体への負担を軽減することにつながるとする声も上がりました。
 これは「どこからが人間なのか」という問いにもかかわってくる問題です。受精卵の段階では人ではないから排除してもいいという考え方もあります。しかし、排除されるほうに立脚すれば、人として成立する前の段階から排除されてしまうことに不快感を覚えるのは当然のことですし、より残酷な気もします。
 遺伝子の解析技術がどんどん進み、詳細な部分までもわかりつつあるこの状況下で、今までの規制でいいのかということも問題になってきます。着床前スクリーニングだけではなく、胚の中の遺伝子を作り変えてしまうゲノム編集などが生殖医療に使われれば、好みの子どもを「つくる」、いわゆるデザイナーベビーも当然問題となるでしょう。

新型出生前診断の問題点

 出生前診断については、妊婦の血液から胎児の染色体異常を調べる「新型出生前診断」も問題になっています。
 この検査の導入に対し日産婦では、検討委員会が設置されて審議を重ね、十分なカウンセリングの実施などを条件に、医師の資格だけでなく、医療施設の資格としての認定・登録の制度を作りました。厳しい資格制度であるため、当初は全国15施設のみでの認可施設で、2013年4月にスタートしました。
 2018年3月現在、全国の認可施設は90施設に増えました。それでも、新型出生前診断を受けたいと考える人たちが増えているのに対し、対応が追いついていないようです。

他にも様々な問題が

著者情報

都立墨東病院産婦人科部長

久具宏司

くぐ こうじ

福岡県生まれ。1982年東京大学医学部卒業と同時に東京大学医学部産婦人科に入局し、85年助手に。90年富山医科薬科大学講師、93~95年アメリカ合衆国ジョンズホプキンス大学留学。2001年東大講師、2011年東邦大学大橋病院教授に就任、2014年より現職。一般社団法人日本生殖医学会常任理事、公益社団法人日本産科婦人科学会(生殖・内分泌委員会委員長)。著書に『周産期ビジュアルナーシング 見てできる臨床ケア図鑑』(監修、学研メディカル秀潤社、2017年)、『生殖補助医療と法 学術会議叢書19』(共著、日本学術協力財団、2012年)(2018.5)

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