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社会問題

家庭教育支援法・青少年健全育成基本法がもたらす「家族」と「教育」(前編)

国家が「家族のあり方」を強制する時代がやってくる!

木村涼子(社会学者)

安倍政権の次の狙いは、「家庭教育支援法」の成立であろう。この法律案は、2006年に改正された教育基本法に基づき、さらに明確に国家が求める家庭像や親像を提示し、その実現を責務として国民に要求する構えとなっている。
戦前の家制度からの決別を目的とした憲法24条(家庭生活における個人の尊厳と両性の本質的平等を定めた条文)と対立する、と批判集中の「家庭教育支援法」。さらには「青少年健全育成基本法」も成立しそうな勢いである。この二つの法律が定められたら、国家は家族や教育にどんなふうに関与してくるのだろう? 国家は個人をどのように管理していくのだろう? 大阪大学の木村涼子さんにご寄稿いただいた。

 

「家庭教育支援法」は内面の自由を脅かす

 現在、「森友文書の改ざん問題」や裁量労働制導入の根拠となるデータの間違いなど、さまざまな問題が安倍政権を揺るがせているが、そんな中でも「家庭教育支援法」をはじめとして、「青少年健全育成基本法」、労働基準法の「改正」(「高度プロフェッショナル制度」の導入)など各種法案の成立、ひいては憲法「改正」の実現に向けての動きは着々と進められている。
 本稿は、これらの動きの中でも自由民主党が早期成立を目指す「家庭教育支援法」に焦点をあてる。「家庭教育支援法」の問題点を考えるにあたり、次のような状況をイメージしてほしい。

   国が定める「のぞましい子ども」を育てることは、日本社会全体の責務。子どものいる家庭は行政が送る家庭支援チームに全戸訪問され、各家庭の個人情報とともに「家庭教育力が低い」「親の心が不安定」などの評価と、支援の必要の有無が記録される。近隣住民は、その家庭への支援への協力を要請される。成人は生涯教育施設などで、中学生や高校生は学校で、「のぞましい親」になるための教育(「親学」)を受けることを強制される。
 

 これは、自民党が公表している「家庭教育支援法案」の条文と、国の法律制定に先立って「家庭教育支援条例」をつくった各自治体ですでに取り組まれている事例を組み合わせて、この法律が成立した場合に現実のものとなり得る状況を筆者が想像してみたものである。
 まず、すべての方に知ってほしいのは、「家庭教育支援法」とは、子育て中の家庭にのみ関わる問題ではないということだ。名称を一見しただけでは、子どもはいないから/子育てはすでに終えたから/男性だから、などの理由で、自分にはあまり関係ない法律のような気がしている人が多いのではないだろうか。
 もちろんこの法律が成立した場合、子育て世代は大きな影響を受けるだろう。しかし、その影響は、子育て世代に限定されない、根本的で普遍的なものだ。「家庭教育支援法」が内包する根本的な問題点は多々あるが、ここでは内面の自由という観点からの議論を提示したい。
 自民党による「家庭教育支援法案」は、個人の尊重や基本的人権を保障する憲法の各種条文に抵触する、あるいは抵触する危険性が極めて高いものだと筆者は考えている。憲法は、個々の信条にもとづいて生活することができる権利、婚姻や家族のあり方について自由に選択する権利、個人の内面の自由などを保障しているが、それらを脅かす内容が、本法案の大きな柱となっているからだ。

 「家庭教育支援法案」第二条に見る根本問題

「家庭教育支援法案」がすべての人の基本的人権を制限する可能性を内包していることを如実に表す条項として、第二条(基本理念)を取り上げる(法案全体についてくわしくは拙著『家庭教育は誰のもの?――家庭教育支援法案はなぜ問題か』〈岩波ブックレット、2017年〉を参照されたい)。
 以下、第二条を引用する。この条文は、自民党が議員立法での成立を目指していた2016年10月20日時点の素案「家庭教育支援法案(仮称)」を基本にし、2017年2月に修正されたとの報道(2017年2月14日付朝日新聞夕刊)があった点については修正を反映させたものである。

 

第二条 家庭教育は、父母その他の保護者の第一義的責任において、父母その他の保護者が子に生活のために必要な習慣を身に付けさせるとともに、自立心を育成し、心身の調和のとれた発達を図るよう努めることにより、行われるものとする。
2 家庭教育支援は、家庭教育の自主性を尊重しつつ(「修正」案ではこの部分削除)社会の基礎的な集団である(「修正」案ではこの部分削除)家族が共同生活を営む場である家庭において、父母その他の保護者が子に社会との関わりを自覚させ、子の人格形成の基礎を培い、子に国家及び社会の形成者として必要な資質が備わるようにする(修正案ではこの部分削除。文章がつながるようにするための文言調整は未公表)ことができるよう環境の整備を図ることを旨として行われなければならない。
3 家庭教育支援は、家庭教育を通じて、父母その他の保護者が子育ての意義についての理解を深め、かつ、子育てに伴う喜びを実感できるように配慮して行われなければならない。
4 家庭教育支援は、国、地方公共団体、学校、保育所、地域住民、事業者その他の関係者の連携の下に、社会全体における取組として行われなければならない。

 

 いかがだろうか。パッと読んだ限りでは常識的なことが書かれていると思われるかもしれない。しかし、国家が定める基本法として、あらためて読み直していただきたい。「生活のために必要な習慣」「自立心」「心身の調和のとれた発達」「子に社会との関わりを自覚させ(る)」ことなどは、国家が個人や個々の家庭に強制するようなものだろうか。こうした内容を家庭教育の責務として国民に強制する国の法律ができることは、第二次世界大戦後新憲法下では初めてのことである。
 しかも、3項に書かれている「父母その他の保護者が子育ての意義についての理解を深め、かつ、子育てに伴う喜びを実感できる」という文言は、子どもを産むか産まないかの選択の自由、家族ごとに子育てをどのように意味づけるかの自由、子育て中に何を感じるか考えるかの自由を侵している。とりわけ、「喜びを実感」などという感情・情緒に関する文言を法律に書き込むことは、近代法の原則から逸脱している。
 そして、これらは保護者のみならず、第二条4項に明記されているように、地域住民そのほかの関係者にも及ぶ。第六条では「地域住民等の責務」(修正によって「役割」と表現が和らげられたが、自民党2017年10月案では「責務」)が定められ、第七条「関係者相互間の連携強化」でも家庭の保護者や自治体、学校などに加えて地域住民が家庭教育支援のための連携強化の対象となっている。

「家庭教育支援」が旗印となれば、すべての国民が第二条「基本理念」を実現すべく協力しなければならない。地域コミュニティは、住民の自発性を基礎とし、コミュニティへの関わりの度合いや内容が個人にとって選択可能な限りにおいて、その充実に意義がある。しかし、家庭と地域住民の責務や役割が国家の基本法で制定されてしまうと、第二次大戦中の隣組のように、個々の家庭や個人に国策協力を強制したり、相互監視するような抑圧的な状況が生まれ得る。

「改正」教育基本法との関係

著者情報

社会学者

木村涼子

きむら りょうこ

1961年生まれ。大阪大学大学院人間科学研究科教授。専門は、教育社会学、ジェンダーと教育研究、近代日本のジェンダーに関する歴史社会学。著書に『ジェンダー・フリー・トラブル――バッシング現象を検証する』(白澤社)、『〈主婦〉の誕生――婦人雑誌と女性たちの近代』(吉川弘文館)、『家庭教育は誰のもの? 家庭教育支援法はなぜ問題か』(岩波ブックレット)等がある。

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