南北統一は本当に限界なのか――韓国と北朝鮮それぞれの視点から見る南北関係の現在
分断80年を超え、激動の朝鮮半島はこれからどこへ向かうのか――。『分断八〇年 韓国民主主義と南北統一の限界』(集英社クリエイティブ)を上梓した在韓ジャーナリストの徐台教さんと、北朝鮮報道の第一人者・石丸次郎さん、そして司会に練達のノンフィクションライター西岡研介さんを迎え、日本の報道では見えてこない朝鮮半島の現在地を問う。
※2025年12月12日、大阪ロフトプラスワンWESTで開催された《徐台教 著『分断八〇年 韓国民主主義と南北統一の限界』発売記念トークライブ》の内容を編集部が再構成したものです。
※この記事では、朝鮮民主主義人民共和国を北朝鮮とします。

大阪ロフトプラスワンWESTでのトークライブの様子(左から、石丸次郎さん、徐台教さん、西岡研介さん)
韓国の統一意識の変化
西岡 1945年に米ソによって南北に分断された朝鮮半島では、いまだに戦争が続いています。南北政府樹立後、韓国も北朝鮮も「統一」を目指してきました。ところが、徐台教さんの著書『分断八〇年』によると、近年、南北関係に大きな変化が表れてきているようですね。まずは、徐さんと石丸さんに韓国と北朝鮮の人々が、南北の統一についてどのように考えているのか、伺いたいと思います。最近は韓国で統一についての関心が低下しているようですね。
徐 韓国の統一意識については、国策シンクタンク「統一研究院」の調査(2025年8月)で、「統一は必要ない」と考える人が初めて過半数を超えました。南北関係を担当する政府部署「統一部」が発表した世論調査(2025年12月11日)でも衝撃的な傾向が見られました。「南北の戦争を避け平和に共存することは統一よりも重要だ」と考える人が約8割に上ったんです。統一への関心が低下している背景には、80年かけて形成された南北の分断や、社会的な無関心、そして統一には圧倒的なエネルギーが必要となる現実があります。「別々のほうが楽」だと感じる人も増えているのかもしれませんね。
石丸 2018年、文在寅(ムン・ジェイン)政権で、南北の協議が進んでいたときは統一への期待が非常に高まっていました。そこから7年後の今、数値が落ちてきたのは、「あれだけやってあげたのに……」という韓国民の「北朝鮮疲れ」があると思います。
特に文在寅さんが平壌を訪問してまだ2年もたっていない2020年6月、南北協力の象徴であった開城(ケソン)工団の南北共同連絡事務所を、金正恩(キム・ジョンウン)政権が爆破してしまいました。あれは、韓国民に対して、すさまじい失望と虚脱感を招いたと思います。
開城工団というのは、軍事境界線の北側にあって、南が資本を出し、北が労働力を出して一緒に製造業をやることで、韓国の企業も北朝鮮の労働者も利益を得るという、南北協力の象徴的な事業でした。北朝鮮側はそうした努力の成果を、木っ端みじんにしたわけです。韓国民としては「あいつら何なん!?」って思いますよね。

爆破された開城工業団地(開城公団)南北共同連絡事務所(2020年6月16日)
北朝鮮の統一意識の変化
西岡 北朝鮮では、統一についてはどのような意識を持っているんですか? 人民が自由に意見を表明することはできないと思いますが……。
徐 北朝鮮の内部の統計はないのですが、韓国に来た脱北者に対してソウル大学が行っている「統一意識調査」では、南北が統一してほしいという回答が94%に及びます。ただ、この調査はコロナを機に終わってしまいました。コロナ以前は、脱北者が千人単位で韓国に来ていたのに、一時は数十人まで減り、北朝鮮の人々の状況を判断する材料がなくなってしまったんです。
石丸 北朝鮮は、コロナが始まって自分たちで国境を完全にふさいでしまいました。貿易が95%減になって経済はガタガタになり、2022~23年には、多くの人が亡くなっています。そういう中で、ウクライナに侵攻するロシアに対して、2022年11月から金正恩政権が武器弾薬を売り始め、2024年には、ほぼ軍事同盟と言っていい軍事協力条約を結びます。2017年以降、史上最強ともいわれる安保理の経済制裁を受け、2019年にハノイでトランプ政権と決別してから孤立していた金正恩政権にとっては、奇跡的と言ってもいいぐらいの助け船が現れたわけです。
徐 国境がふさがれた今、北朝鮮住民の統一への意識に影響を与える材料として、統一について金正恩が何を言ってるかという点があります。金正恩は、2023年12月には韓国との関係について、同じ民族ではなく「敵対的2国家」であるとし、2025年9月には、「もう断じて統一は不必要だ」と明言しました。これは、韓国へのメッセージであると同時に、北の内部の住民たちへのメッセージでもあります。
西岡 北朝鮮では韓国ドラマを流布したら死刑、視聴したら監禁・拘束する、という法律(「反動思想文化排撃法」2020年)までできましたね。
石丸 そうですね。金正恩政権はすべての住民と組織に対して、「もう韓国とは完全に関係を断つ」「韓国ドラマも見るな」と。いわば「断韓宣言」です。すでに2019年あたりから、教育でもそれまでの「民族統一」、「わが民族同士」の内容から愛国教育へと重心が移っています。国旗をつけたTシャツを学生たちに着せて「我が共和国万歳」というのをしきりに学校でやるようになった。
こうした背景にあるのは、この25年間で北朝鮮の人たちの韓国観・統一観が大きく変化したことがあるでしょう。私は、北朝鮮で大飢饉が起きた1997年から数年間、中国の延辺朝鮮族自治州で北朝鮮から越境して来た数百人に取材をしました。当時、彼らはまだ「統一だけが生きる道」だと言う金日成(キム・イルソン)時代からのプロパガンダを、かなりの程度で信じていました。「米国と韓国が統一させないから我われは苦しいのだ」というわけです。しかしその後、朝中国境を通して入って来る韓国情報、とりわけ韓国ドラマの影響で、北朝鮮の人たちは韓国に対して憧れを持つようになりました。そして、2000年に金大中(キム・デジュン)さんが平壌を訪れて、金正日(キム・ジョンイル)さんと握手して、韓国による協力・支援が始まります。それによって北朝鮮の人たちの韓国への敵対意識は見事に溶解したんです。その後2010年くらいまでに、「朝鮮民主主義人民共和国は必要なのか? 大韓民国でいいじゃないか」というように意識の変化が起こります。豊かで自由に暮らせることが一番大事、金正日の労働党政権でなくてもいいではないかという空気が、富裕層から庶民に至るまで広がったわけです。これは、北朝鮮の為政者にとってはきわめて由々しき事態です。韓国と付き合うこと自体が体制危機につながっていく――「断韓宣言」は、金正恩体制の生き残り戦略なんです。

娘の金主愛(キム・ジュエ)を連れて軍事演習を視察する金正恩(2026年3月19日)
韓国の「平和的2国家」
西岡 徐さんの本では、金正恩の「敵対的2国家」に対して、韓国側にも「平和的2国家」論があったと紹介されています。金大中政権以来の「包容政策(いわゆる太陽政策)」では、韓国側の南北の経済格差が決定的となる中で南北交流をすることで、北側に質的な変化を起こそうとしてきました。韓国ではいろんな努力をして北朝鮮にアプローチをしてきたけど、「統一というアプローチはもうあかん」という諦めから2国家論が出てきたんですか?
徐 韓国では、統一の限界に気付いていたんです。つまり統一というのは、北がなくなるか、南がなくなるかのどっちかしかない。それを突き詰めると戦争になってしまうかもしれない。だから、今は「反国家団体」と規定している北朝鮮を、「独立国家」として認めて、交流をできるようにしようというのが「平和的2国家」の考え方です。韓国では、金正恩が「敵対的2国家」を打ち出す前から、こうした提案がなされていました。
著者情報
ジャーナリスト
徐台教
ソ・テギョ
1978年、群馬県生まれの在日コリアン三世。小学校は朝鮮学校、中学校・高校は公立学校で学び、1999年からソウル在住。韓国の高麗大学東洋史学科を卒業後、人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年、韓国に「永住帰国」すると同時に独立。現在「コリア・フォーカス」編集長。主な取材テーマは、朝鮮半島の分断、南北関係、韓国政治など。Yahoo!ニュースや日本メディアへの寄稿・出演多数。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。2022年、「第七回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。著書に『分断八〇年 韓国民主主義と南北統一の限界』(集英社クリエイティブ)がある。
ジャーナリスト/アジアプレス
石丸次郎
いしまる じろう
1962年生まれ。韓国の延世大学などに語学留学。93年より始めた北朝鮮取材は国内に3回、朝中国境に約100回、1000人近い北朝鮮の人々に会う。2008年4月、北朝鮮在住者自らが取材した内容を中心にした雑誌「北朝鮮内部からの通信 リムジンガン」を創刊。著書に『北朝鮮難民』(講談社現代新書、2002年)『北のサラムたち』(インフォバーン、2002年)など。アジアプレス大阪事務所代表。
ノンフィクションライター
西岡研介
にしおか けんすけ
1967年、大阪市生まれ。1990年に同志社大学法学部を卒業。1991年に神戸新聞社へ入社。社会部記者として、阪神・淡路大震災、神戸連続児童殺傷事件などを取材。 1998年に『噂の眞相』編集部に移籍。則定衛東京高等検察庁検事長のスキャンダル、森喜朗首相(当時)の買春検挙歴報道などをスクープ。編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞を2年連続で受賞した。その後、『週刊文春』『週刊現代』記者を経て現在はフリーランスの取材記者。2008年、著書『マングローブ――テロリストに乗っ取られたJR東日本の真実』で、第30回講談社ノンフィクション賞を受賞。ほかの著書に『スキャンダルを追え!――「噂の眞相」トップ屋稼業』(講談社)、『襲撃――中田カウスの1000日戦争』(朝日新聞出版)、『トラジャ JR「革マル」30年の呪縛、労組の終焉』(東洋経済新報社)などがある。