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内政に火種を抱え、外交で孤立化する習近平政権

安田峰俊(紀実作家)

 2020年の中国は、内政と外交の双方で悩ましい状況に立たされている。少なくとも1989年の天安門事件後では最大レベルの危機的な局面と言っていい。それはたとえば、新型コロナウイルスの流行、香港・ウイグル問題、米中対立から拡大した西側諸国の対中国警戒感の高まりなどが挙げられるのだが、これらはいずれも習近平政権のありかたそれ自体が、事態が深刻化した遠因を構成している。

新型コロナウイルス

 2019年末、湖北省武漢市から新型コロナウイルスの流行が始まり、世界的パンデミックが続いているのはご存知の通りだ。コロナ禍はおおむね2月までは主に中国の国内問題として推移していた感があり、事実上の世界的パンデミックに変わったのは、中東や欧米に感染が拡大した3月以降のことだが、逆に中国は3月までに流行をほぼ抑え込んだ。台湾やベトナムのように感染発生の最初期から鉄壁の防御体制を敷いていたごく少数の国を除けば、いまや中国はことコロナに関しては世界でも有数の「安全」な国となっている。

 だが、流行初期の中国当局の動きについては中国国内外から批判が大きく、世界的パンデミックの責任の一端が中国にあることは確かだろう。新型感染症の発生は、少なくとも2019年12月上旬の時点で観察されており、12月30日に武漢中心病院李文亮医師や艾芬(アイ・フェン)医師らがWeChatのグループ内で奇妙な肺炎の蔓延を話題に出していたが、地元当局はこうした医師たちを「デマの流布」を理由に摘発。さらに武漢市衛生健康委員会は新型コロナの「ヒト・ヒト感染なし」という、その後の推移からみれば明らかな虚偽というしかない主張を繰り返し続けた。不祥事が発生した際に現場レベルの各層で情報隠蔽がおこなわれるのは中国ではよくある話だが、強権的な習近平体制のもとではなおさら、上部機関に対して良い情報しか上げない傾向(「報喜不報憂」)が強く、武漢での初動のもたつきもこれによりもたらされたとみていい。中国において新型コロナウイルス流行が「大事件」になるためには、2020年1月20日に習近平が「重要指示」を出し、隠蔽の禁止と対策徹底を呼びかける必要があったのである。新型コロナの「ヒト・ヒト感染」も、この時点になってようやく明らかとなった。

 もっとも、実は中国国内でコロナ禍が極めて深刻だった2020年1~2月は、対応にあたって習近平の存在感は非常に希薄で、危機感も感じ取りにくかった。なお、当時はまだウイルスの国際社会への伝播は限定的で、中国1国の国内問題としての性質が強かった時期である。

「重要指示」が出た1月20日、ミャンマー外遊直後の習は雲南省におり、北京を離れた状態での指示であったうえ、22日には江沢民胡錦濤ら党長老への春節前の挨拶回りを予定通りに実施。さらに武漢市が封鎖された当日である1月23日も、北京で党常務委員会に出席してから春節祝賀の宴会の壇上に立ち、新型コロナウイルス問題に言及することなく「中華民族の偉大な時代」を強調する平素通りの演説をおこなった。その後、1月末に結成された新型コロナウイルスの流行対策チーム(「指導小組」)のトップも、珍しくナンバー2の李克強が務めている。習近平は1月28日に来中したWHOのテドロス・アダノム事務局長との会談から1週間にわたり動静が途絶えるなど、存在感は希薄だった。

 この1~2月は、中国の言論状況が政治批判に対して比較的寛容だった胡錦濤時代に逆戻りし、習政権の足元の動揺が外部からも可視化された時期だった。たとえば1月27日には周先旺武漢市長が「地方政府は情報があっても権限が与えられて初めて公にできる」とCCTV(中国中央電視台)のインタビューを受けて述べているのだが、そもそもこの発言自体が異例であるうえ、それが国営放送のCCTVで放送されることも異例だ。また、コロナ禍に呑まれた武漢では苛立った市民や医療関係者が国内外のSNSや動画配信サービスで苦境を訴えたり、実名で海外メディアの取材に応じたりする例もかなり目立った。前年12月時点でコロナ禍に警戒を呼びかけて当局の処罰を受け、やがて2月7日に自身もコロナ感染で病死した李文亮医師の訃報が伝わると、強い言論統制を受けているはずの微博(中国国内のSNS)でも、李医師の無念の死をいたんで政府の動きを批判する声があふれることになった。

 こうした動きはいずれも、習政権成立以前(胡錦濤時代)の中国であればまま見られるものだったが、習体制の成立後はほとんど消え去っていたものだ。それが未曾有のコロナ禍のなかで復活した現象は、中国の当局・マスコミ内部や市民感情のなかに、習体制への批判的な感情が意外と多く存在していることを印象づけた。

 もっとも、こうした動きは3月10日、習近平が武漢を訪問して事実上の安全宣言を出したことを境に終息する。中国共産党はこの前後から「双勝利」(ウイルス鎮圧と経済回復の両面に勝利する)のプロパガンダを盛んにおこないはじめた。しかも2020年8月現在、結果的に見れば、中国は他国と比べれば「双勝利」に成功しており、国民をそれなりに納得させることに成功している。

 習近平はひとまず国内のコロナ禍については乗り切った形なのだが、とはいえ政治的なダメージは小さくない。

香港・ウイグル

 2019年6月から大規模化した香港デモは、本来の理由だった「逃亡犯条例」改正案が撤回された同年9月以降も継続し、暴力化。対して香港政府側も10月に行政長官に大きな権限を集中させる「緊急状況規則条例(緊急法)」を発動させるなどしたが、香港政府と市民の対立は落としどころが見えない状態になっていた。11月の香港理工大学での大規模衝突によって暴力的なデモ参加者が大量逮捕されたことや、香港区議会選挙での民主派候補が地滑り的な勝利を収めたこと、さらに2020年1月以降は新型コロナウイルスの流行などを受けて、デモはある程度は下火になってはいたものの、それでも2020年1月1日には平和的な抗議デモが100万人規模の市民を動員している。

 こうした抗議の火を強引に終息させたのは、2020年6月30日に北京の中央政府が香港を対象に成立・施行させた「国家安全維持法(国安法)」だ。反政府的な言説を取り締まり、国外に在住する外国国籍者まで逮捕の対象に含めるという、(少なくとも西側諸国の)常識では考えがたい法律である。ゆえにこの国安法は、抗議デモを終息させることにこそ成功したものの、その内容は従来の一国二制度のもとでの香港社会の透明性や西側的な法治主義を根本から揺るがすものであり、国際的な非難が殺到することになった。特に香港の旧宗主国であるイギリスとの関係悪化は著しく、香港民主化運動の若手リーダーの一人である羅冠總(ネイサン・ロー)や、在香港英国領事館員で2019年8月に中国国内で身柄拘束を受けた鄭文傑(サイモン・チェン)など、香港デモの主要人物が次々と英国亡命を選ぶこととなっている。

 いっぽう2019年秋ごろからは、中国政府が西北部の新疆ウイグル自治区でおこなっている少数民族弾圧も、欧米メディアを中心に盛んに報じられるようになった。実のところ中国のウイグル弾圧は(近年、苛酷さを大きく増したとはいえ)いまに始まった話ではなく、むしろ世界の反応は遅すぎるとも言えたが、さておき一連の報道により急激に世界の注目を集めるようになった。特にウイグル人が再教育施設に百万人近くも収容されているとする話が伝えられると、欧米圏ではナチスのホロコーストを連想させるため、中国への非難の声が高まった。

 香港・ウイグル問題の双方の深刻化は、2013年の習政権の成立後に中華民族ナショナリズムが強調され、マイノリティに対する標準的なマジョリティの中国人(中国本土で暮らす標準中国語を母語とする漢民族)への同化圧力が増大したことが、大きな要因として存在している。香港と新疆は、ともに中国本土とは異なった近代史を歩み、住民の言語や文化が北京とは大きく異なる。そのため、従来は香港の場合は一国二制度のもとでの特別行政区、新疆の場合は(多分に形骸化したものとはいえ)民族自治の建前のもとでの民族自治区が置かれ、中国本土とは異なる社会のあり方が認められてきたのだが、その枠組みが習近平政権が成立した2013年ごろから大きく動揺するようになった。

 また、香港の場合は中央政府の出先機関である中聯辦(中央政府駐香港連絡弁公室)が、習体制のもとで異論を認めない硬直した状態に陥り、中央政府にとって都合のよい親中派の意見ばかりを中央に報告し続けてきたことが、香港デモに対する習政権の分析や対応策にも少なからぬ悪影響を与えたと言われている。また新疆の場合、2014年に習近平が初の新疆訪問をおこなった際に爆弾テロが発生し、習近平が再発防止を強く指示したことで、指導者の意向を「忖度」した現地の官僚たちが極端な反テロリズム政策(事実上のウイグル人弾圧政策)を取ることになったとされる。悪名高き新疆の強制収容所が生まれたのも、そうした流れのなかでのことだ。

西側社会の警戒を招いた中国

著者情報

紀実作家

安田峰俊

やすだ みねとし

1982年、滋賀県生まれ。立命館大学人文科学研究所客員協力研究員。朝日新聞論壇委員。『八九六四』(KADOKAWA)で2018年に第5回城山三郎賞、2019年に第50回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。他に『和僑』『境界の民』(KADOKAWA)、『さいはての中国』(小学館)、『性と欲望の中国』(文春新書)、『「低度」外国人材』 (角川書店)、『北関東「移民」アンダーグラウンド』(文藝春秋)、『戦狼中国の対日工作』(文春新書)、『恐竜大陸 中国』(角川新書)など著書多数。

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