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スパイ暗殺未遂疑惑、領土拡張…復権を目指すロシアに歯止めはかけられるか?

新・東西冷戦の時代(1)

熊谷徹(ジャーナリスト)

 ソビエト連邦(ソ連)の崩壊から27年経った今年(2018年)、ヨーロッパでは東西間の対立が再び強まっている。西欧、アメリカとロシアの非難の応酬、外交官の国外追放、中東での内戦への介入など、1980年代を思い起こさせる事態だ。欧州の政治家や報道関係者からは「新たな東西冷戦が始まった」という見方も打ち出されている。国外での権益を拡大するプーチン大統領の行動には「ロシアの栄光を復活させる」という野望が感じられる。一方西側陣営の結束は、多国間関係を嫌うトランプ大統領の予測困難な行動により、過去の東西冷戦の時代よりも大幅に弱まっている。

西欧で戦後初めて神経剤による攻撃が行われた

 2018年3月4日にイギリス南部の都市ソールズベリーで起きた暗殺未遂事件は、東西対立の深刻さを浮き彫りにした。この日、同市中心部のベンチでロシア人の元二重スパイ、セルゲイ・スクリパル(66歳)と娘のユリア(33歳)が、意識混濁状態に陥っているのを通行人が見つけた。イギリスの捜査当局は病院での検査結果などから、2人が神経を麻痺させる化学物質(神経剤〈nerve agent〉)のために重体に陥ったと判断した。2人は約4週間にわたる集中治療の結果、命を取りとめた。
 またスクリパルを救助した警察官1人も重体に陥って約3週間入院した他、2人を救助した救急隊員らを含む48人も息苦しさや肌のかゆみなどの症状を訴えた。警察の捜査から、彼の自宅や2人が食事をしたレストランやパブ、自宅にいたペットなども神経剤で汚染されていたことが明らかになった。このためイギリス政府は陸軍の化学部隊などから約180人の兵士らを動員して、2人が発見されたベンチなどの除染作業を実施した。捜査当局は何者かがスクリパルの自宅のドアノブに神経剤を塗布したと見ている。
 スクリパルは、ロシアからイギリスに寝返った二重スパイだった。1990年代にロシア連邦軍参謀本部情報総局(軍の諜報機関、略称GRU)の将校だったが、95年からイギリスの諜報機関MI6のためにスパイ活動を行っていた。彼は2004年にモスクワで逮捕され、2年後に国家反逆罪で懲役13年の判決を言い渡された。スクリパルは10年にウィーン空港で行われた米ロ間のスパイ交換によって釈放されてイギリスに移住し、イギリスの市民権も獲得していた。
 スクリパルのイギリス亡命後、彼の家族の間では病死者が相次いでいた。スクリパルの妻ルドミラ(59歳)は12年にガンで死亡し、彼の兄バレリー(68歳)も2016年に病死した。さらに長男アレクサンドル(43歳)も、17年7月にサンクトペテルブルクで肝臓障害のために死亡している。アレクサンドルとルドミラはソールズベリーの墓地に埋葬されている。ユリアがイギリスを訪れたのは、息子の死で落胆していた父親を慰めるためだった。
 ロシアのウラジミール・プーチン大統領はスクリパルの釈放直後、「裏切者たちは、いずれ自殺する。彼らは敵からもらった金を喉に詰まらせて死ぬだろう」と語っていた(※1)。
 イギリス政府は被害者の血液や現場に残された化学物質を分析した結果、犯行に使われた神経剤が、1970~80年代にソ連およびロシアで開発されたノビチョク(ロシア語で「新参者」の意)である可能性が高いと発表した。軍事目的で開発されたノビチョクの毒性は、2017年にマレーシアで金正男暗殺に使われた神経剤VXの5~8倍に達すると言われる。第二次世界大戦後、西欧の都市で軍用の神経剤によって人的被害が出たのは初めてのことだ。

ロシアの仕業と断定したイギリス政府

 イギリス政府はかなり早い段階で、ロシアの諜報機関などが二重スパイの殺害を狙った事件と判断した。テレーザ・メイ首相は3月12日にイギリス議会下院で行った演説の中で、「ロシアは、今回の犯行に使われたのと同じ種類の神経剤を過去に製造したことがある。そしてロシアは、過去にも裏切者を暗殺したことがある。このためイギリス政府は、スクリパルとその娘に対する暗殺未遂にロシアが関わっているか、もしくはロシアが製造した神経剤が何者かによって盗まれて使われたという結論に至った」と述べた。メイ首相はロシア政府に対し24時間以内に暗殺未遂事件について説明するよう要求し、回答が得られない場合にはロシアによる違法な武力行使とみなすと発言した(※2)。
 イギリスでは2006年にもイギリスの諜報機関に寝返ったロシアの二重スパイ、アレクサンドル・リトビネンコが飲み物に放射性物質ポロニウムを入れられて暗殺されるという事件が起きている。
 ハーグの国際組織・化学兵器禁止機関(OPCW)は、イギリス政府同様ノビチョクが使われたことを確認したが、どの国によって製造された物かについては言及しなかった。
 ロシア政府のセルゲイ・ナルイシキン対外情報局長官は「イギリス政府の批判はプロパガンダであり、この事件はイギリス・アメリカの諜報機関がロシアを貶めるためにでっちあげたもの。グロテスクな挑発行為だ」と述べ、疑惑を全面的に否定している(※3)。
 3月14日にメイ首相は報復措置として、ロシア人外交官23人を国外退去処分にした。アメリカ、ドイツ、フランスなど29カ国がイギリスを支援するために同様の措置を取り、西側諸国が退去させたロシア外交官の数は約150人にのぼった。アメリカはシアトルのロシア総領事館の閉鎖も命じた。これに対してロシア政府も同数の西側外交官を国外退去させた他、サンクトペテルブルクのアメリカ総領事館を閉鎖した。
 これほど多くの西側諸国が結束してロシアの外交官を一斉に追放したのは、1991年の冷戦終結以降、初めてのことだ。この背景には、21世紀に入って以来、西側諸国がロシアのプーチン政権の行動に不信感を募らせているという事実がある。

ロシアのクリミア併合が分水嶺

 たとえばロシア政府は2014年3月にウクライナ領だったクリミア半島(クリミア自治共和国)に戦闘部隊を送って制圧し、自国領土として併合した。この事件は冷戦終結後のロシアによる最も大胆な国際法違反として、欧米諸国を震撼させた。
 そのきっかけは、ウクライナ政府が13年11月に、EUとの協定に関する調印を凍結したことだった。反政府勢力に率いられた市民暴動がエスカレートして親ロシア派政権が倒れ、大統領だったビクトール・ヤヌコビッチはロシアに亡命し、14年2月にはウクライナに親EU政権が誕生した。事態を重く見たプーチンは「ウクライナ国内のロシア系住民の権益が侵される」という口実でクリミア半島を併合した。クリミア半島のロシア系住民の比率は約60%。重要な軍港セバストポリのある南西地域では、住民の約70%がロシア系である。併合直前には、ロシアへの編入を問う住民投票が実施され、西欧からは意見と言われながらも、編入への賛成多数という結果が出た。当時プーチンは「核保有国ロシアは、クリミアを奪還しようとするいかなる試みも粉砕する」と述べている。
 さらにウクライナ東部では、14年4月に同国政府軍と、分離独立を目指す親ロシア勢力との間で内戦が勃発したが、ロシアは分離独立派に武器供与などの軍事援助を行っている(ロシア側は否定)。この内戦は本稿を執筆している2018年5月の時点でも続いている。
 アメリカのオバマ政権(当時)とEUは、プーチン政権のクリミア併合とウクライナ東部での軍事介入を「重大な国際法違反」と見なして、14年3月からロシアに対し国外資産の凍結や貿易制限を含む経済制裁を発動した。この制裁措置は14年に一時ルーブルのドルに対する為替レートを暴落させる一因となった。
 一方ロシアはアメリカやEUからの食料品輸入停止などの報復措置を取った。ドイツを初めとする多くのEU諸国にとって、ロシアは重要な貿易相手国だ。このためロシアに対する経済制裁がEU側に与えた経済損害は1000億ユーロ(13兆円、1ユーロ=130円換算)を超えるという推定もある。
 プーチンの西側に対する強硬的な態度は、彼の国内での支持基盤を固めた。クリミア併合直後プーチンへの支持率は約80%に達している。

冷戦後にロシアが味わった屈辱感

 西欧の政治学者の間には「ロシアの強硬な態度の背景には、ソ連崩壊後西欧諸国が勝者のように振る舞い、ロシア側に手を差し伸べなかったことへの反発がある」という見方が強い。
 冷戦終結後、アメリカを盟主とする軍事同盟、北大西洋条約機構(NATO)EUはポーランドやチェコなど中東欧諸国を次々に加盟させ、かつてのロシアの影響圏は縮小していった。これらの国々は第二次世界大戦後に強制的にソ連陣営に編入されて弾圧されたために、ソ連が崩壊すると直ちにNATOとEUの下へ走ったのだ。特にNATO加盟は重要だった。NATOは、一国が侵略された場合、アメリカを初めとする他のNATO加盟国が反撃するという集団安全保障組織だからである。彼らはNATO加盟によって一種の「保険」を手にした。だが多くのロシア人にとって、これらの国々は第二次世界大戦でナチス・ドイツを打ち破ったことを記念する「戦利品」の一種だった。彼らの目から見ると、NATOとEU拡大は戦利品の喪失であり、強い屈辱感をもたらした。

ナチス・ドイツとの戦いで死亡したソ連軍兵士の追悼碑(ベルリン、トレプトウ。写真撮影・熊谷徹)

著者情報

ジャーナリスト

熊谷徹

くまがい とおる

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局在勤中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツのミュンヘン市に在住。統一後のドイツの変化、ヨーロッパの政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材・執筆を続けている。著書に『新生ドイツの挑戦』(1993年、丸善)、『びっくり先進国ドイツ』(2004年、新潮社)、『顔のない男―東ドイツ最強スパイの栄光と挫折』(2007年、新潮社)、『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争の真実』(2012年、日経BP社)、『日本とドイツ―ふたつの「戦後」』(2015年、集英社)、『偽りの帝国―緊急報告・フォルクスワーゲン排ガス不正の闇』(2016年、文藝春秋)、『イスラエルがすごい―マネーを呼ぶイノベーション大国』(2018年、新潮社)、『ドイツ人はなぜ、年290万円でも生活が「豊か」なのか』(2019年、青春出版社) など多数。『ドイツは過去とどう向き合ってきたか』(2007年、高文研)で第13回平和・協同ジャーナリスト奨励賞受賞。ホームページはhttp://www.tkumagai.de/

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