国連人権理事会の特別報告者を正しく理解しよう
伊藤和子(弁護士/国際人権NGO「ヒューマンライツ・ナウ」事務局長)
(構成・文/村山加津枝)
今年(2017年)6月2日、国連人権理事会の「表現の自由」の特別報告者であるデイビッド・ケイ氏を上智大学が招聘、同大学と衆議院議員会館で講演が行われた。ケイ氏は昨年4月に来日して調査を行い、その報告書を今年5月に国連人権高等弁務官事務所のウェブサイトで公表した。これに対し、高市早苗総務大臣(当時)が内容の見直しを求めたことなどがマスコミで取り上げられ、注目度がアップ、物議を醸した。一般人には耳慣れないこの特別報告者とはどんな存在なのか? 衆議院議員会館での講演会を主催したヒューマンライツ・ナウの事務局長である伊藤和子弁護士に話を聞いた。

(写真提供/HRN)
注目を浴びた特別報告者の報告内容とは?
ヒューマンライツ・ナウ(HRN)は、6月2日に、国連「表現の自由」の特別報告者であるカリフォルニア大学アーバイン校デイビッド・ケイ教授の講演会を開催しました。当日は予想以上の数の報道関係者や一般の方々も駆けつけ、席のご用意ができず、そのままお帰りになった方が多数いらっしゃいました。多くの方が興味を持ってくださったことに感謝しつつ、対応のまずさをお詫びしたいと思います。
さて、ケイ氏は、15年12月に来日し調査を行う予定でしたが、直前に日本政府の要請で延期となりました。結局、翌16年4月12日に来日、ジャーナリストや報道関係団体、政府等からヒアリングを行い、同19日に、日本外国特派員協会で記者会見をしました。その際に発表した日本政府への主な勧告案は以下のような内容でした。
(1)メディアの独立性および市民の情報にアクセスする権利を保護するために早急に対策を取ること。(2)放送法第4条を廃止しメディア規制から手を引くこと。(3)重大な社会的関心事のメディア報道を萎縮させる効果を生んでいる「特定秘密保護法」を改正すること。(4)ヘイトスピーチに関しては、広範囲に適用できる差別禁止法を制定すること。(5)情報へのアクセスを制限しメディアの独立を妨害している「記者クラブ」制度を廃止すること。
勧告ですからマイナス面ばかりになりますが、会見では、日本のインターネットにおける自由度や、政府がオンラインの内容を検閲していないことは非常に良い状況であり、モデル国の一つだとポジティブな発言もしています。
その後、ケイ氏は報告書をまとめ、今年6月12日から国連欧州本部のあるジュネーブで行われた国連人権理事会(人権理 : UNHRC ; United Nations Human Rights Council)において、公式訪問調査に関する調査報告書を公表しました。
人権理は、テーマごとに3月、6月、9月の年3回会合を持ち、様々な議論をしています。「表現の自由」の討議は毎年6月に行われており、ケイ氏の報告はこのタイミングになったというわけです。人権理のサイトには、公表された内容の全文がアップされています。
「特別報告者」とは?
今回、ケイ氏の件が話題になって、初めて国連人権理事会や特別報告者という言葉を耳にしたという方も少なくないでしょう。そこで、特別報告者とはどのような存在なのかについてお話ししたいと思います。
まず、国連広報センターのサイトでは、次のように紹介されています。
今回、ケイ氏の件が話題になって、初めて国連人権理事会や特別報告者という言葉を耳にしたという方も少なくないでしょう。そこで、特別報告者とはどのような存在なのかについてお話ししたいと思います。
まず、国連広報センターのサイトでは、次のように紹介されています。

これだけでは少し分かりにくいと思いますので、補足しましょう。
まず、特別報告者になるには、人権に関する問題に知見を持つ人が個人で立候補します。書類審査や面接をしたのち推薦を受け、最終的には人権理が任命するという形になっています。つまり立候補は誰もができます。報酬はなく、任期は最高で6年で、任務は「国別」と「テーマ別」に大別されています。国別は、カンボジア、朝鮮民主主義人民共和国、スーダン、シリアなどを対象とし、テーマ別では、恣意(しい)的拘禁、信条の自由、現代的奴隷制、テロリズムと人権などのテーマがあります。
特別報告者を召喚するのは当事国ですが、人権理のサイトには各報告者のメールアドレスが掲載されていて、個人やNGOが直接コンタクトを取り、調査を要請することができます。テーマ別の報告者はこうした要請をもとに精査し、1年間に3カ国前後の国に出かけ、調査をします。その結果を調査報告書としてまとめ人権理や国連総会に提出、公表したりします。
ケイ氏も昨年は、日本以外にトルコとタジキスタンを調査しています。ここ数年で他にも複数の報告者が来日したことや、日本以外の調査についてはあまり報道されないこともあり、日本を狙い撃ちしているように曲解している人もいますが、それは誤解です。
報告者や報告書などに対する誤解と曲解
特別報告者は、2017年7月現在78名いますが、残念なことに日本人は一人もいません。それが特別報告者に対する誤解を招く一因になっているのかもしれません。
特別報告者は、あくまで、調査対象の国に対して、この点を改善すればもっと素晴らしい国になるとアドバイスしているのであって、その国や国民を貶めるために調査をしているわけではありません。報告に対する報酬はありませんから独立した公正な立場で調査ができます。勧告に拘束力はないので、無視したからといって罰則もありません。ここで問われるのは、勧告を受けた国や政府がそれをどう受け止めて行動するかです。
一般企業であれば、コンサルティング料を支払って会社の問題点をあぶり出し、改善につとめることは普通に行われています。それを無料でしてくれるのですから、ラッキーと思うくらいの懐の深さを見せるのが、民主主義国の成熟した対応といえるでしょう。それなのに、反論や抗議をして騒ぎ立てれば、国際社会から日本がどう見えるかは自明です。
また、17年6月2日、高市早苗総務相(当時)が記者会見で「民主党政権時代の2011年に無期限招待状なるものを発出しており」と発言したことから、「民主党がケイ氏を召喚した」と受け止めている人もいるようですが、これも間違いです。確かに民主党政権下で「standing invitation」を宣言しました。これは「どんな特別報告者が来ても受け入れます」ということです。人権を尊重している国なら何も隠すことはないわけですから、人権を尊重している国であると宣言していることと同じことになります。
2012年12月に政権が自由民主党に移行後もこの宣言は引き継がれました。現政府もこれを推奨している立場であり、それが嫌なら宣言を撤回すればいいだけの話です。しかし、そんなことをしたら「わが国にはやましいことがあります」と公言するようなものです。
誹謗中傷、印象操作は日本のためにならない
ここ数年で来日した特別報告者には、「心身の健康を享受する権利」の報告者アナンド・グローバー弁護士(インド)もいます。彼は、2011年の東京電力福島第一原発事故後に、HRNが他のNGO団体と共に訪日を要請し、来日した12年にはHRNが被災者や市民団体へのインタビューをコーディネートしました。事故で苦しむ人々を私たちのような人権団体が支援しなければならない、取り組むべき問題であると判断したからで、報告書の和訳も出版しました。
ケイ氏の場合、日本に来るきっかけになったのはHRNではありませんし、6月の講演会を招聘したのも上智大学です。
それなのに、ツイッターやブログ等で様々な誹謗中傷や印象操作がありました。ケイ氏や、「共謀罪」法による権利制限を懸念する書簡を安倍首相に送ったジョゼフ・カナタチ氏(「プライバシーに関する権利」の特別報告者、マルタ大学教授)に、私たちが金銭を与えて、自分たちに都合のいい報告をさせているなどという内容です。
15年にも、「子どもの売買、児童買春、児童ポルノ」の特別報告者であるマオド・ド・ブーア=ブキッキオ氏(オランダ出身の法律家)の「日本の女子高生の30%が援助交際をしている」との間違った発言に対し、「アゴラ言論プラットフォーム」代表の池田信夫氏が、私がその情報を提供したかのように非難しました。その後もツイッターやブログなどで繰り返し流布しました。あまりのひどさに私は名誉棄損の訴訟を提起したのですが、今年の6月、東京高等裁判所が、東京地方裁判所での1審の2倍の損害賠償の支払いを命じました。
こうした誹謗中傷や印象操作は何の目的があってやっているのでしょうか? 特別報告者に対する中傷に関しては特に理解できません。ケイ氏は日本に対して、好印象の部分もあるという評価をしているのに、悪影響を与えるだけです。
「個人の資格でしかない」などと言ってまともに対応せず、自分たちに対する異論を封殺するという政府の姿勢も残念でしかありません。報告書では、政府だけでなく、同じぐらいのボリュームでメディアに対しても苦言を呈しています。メディアの独立性に関しては、民主主義国のどこでもある問題ですし、この程度の勧告に対してこれほど怒りをあらわにする国はほとんどなく、あまりに大人げないと思います。
寛容な対応こそが日本の評価を上げる
著者情報
弁護士/国際人権NGO「ヒューマンライツ・ナウ」事務局長
伊藤和子
いとう かずこ
1994年に弁護士登録(東京弁護士会所属)。以後、女性・子どもの人権、冤罪事件、環境・公害訴訟など、人権問題に取り組む。2004年ニューヨーク大学ロースクールに客員研究員として留学。05年ジュネーブの国連人権機関でインターン、06年に「ヒューマンライツ・ナウ」の立ち上げにかかわる。12年「ミモザの森法律事務所」を設立。著書に『人権は国境を越えて』(13年、岩波ジュニア新書)(2017.8)