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泥棒か英雄か、顧客の脱税情報を大暴露

腐敗を一掃し経済を市民の手に取り戻そうとする男の10年

工藤律子(ジャーナリスト)

 日本ではあまり知られていないが、2006年11月からの約5カ月間に10万人以上の脱税者の記録をスイスにある銀行から盗み出した男がいる。欧米では「スイスリークス」として衝撃的に報じられた。その彼が、いま、市民による変革をリードするスペインの市民政党ポデモスの反汚職政策の作成に参加。銀行や金融システムを市民の手に取り戻すことを訴えている。果たして彼は何者なのか!? ジャーナリスト工藤律子が取材した。

金融界のスノーデンかアサンジか

 エルベ・ファルチアーニ(44歳)。彼の存在を知ったのは2014年の春、スペインで取材をしていた時のことだ。08年のリーマン・ショック後の経済危機の中で緊縮政策を実施し、国民を苦しめる一方で保身に走る政治家や銀行にノーを突きつけ、社会変革を求めて11年5月に生まれた市民運動「15M(5月15日)」。この運動を追いかけていた私は、15Mに参加した若い世代が12年12月に生み出した市民政党「パルティードX(X党)」が気になっていた。パルティ-ドXは、「腐敗を一掃し、民主主義を実現する」という明快なスローガンを掲げ、政党登録はしているが、メンバーの名前などを一切公表することなくネット上に現れ、「バーチャルな」存在でしかなかった。しかし、その後「姿」を現わし、14年5月の欧州議会選挙に、「リアルな」候補者をたてて挑んだ。その候補者リストのトップにいたのが、ファルチアーニだった。
 欧州議会選挙では、同年1月に誕生したばかりで5議席を獲得した市民政党「ポデモス(私たちはできる)」に注目が集まり、パルティードXは結局、議席を得ることができなかった。とはいえ、彼らがファルチアーニを前面に出して戦ったことには、ひとつの強いメッセージが込められていると感じた。「腐敗の一掃」だ。ファルチアーニは、選挙時の記者会見で、こう述べている。「私たちが開発した、銀行の取引をモニタリングするシステムを、欧州全体に導入することを提案します。すべての銀行にその使用を義務づけることができれば、脱税を監視することができます」

 モンテカルロ生まれでイタリアとフランスの国籍を持つファルチアーニは、イギリス資本の大手銀行HSBC(香港上海銀行)のシステムエンジニアとして、スイスのジュネーブに勤務していた06年11月からのおよそ5カ月間に、同銀行に秘密口座を持つ10万人以上の顧客の情報を盗み出した。それは、HSBCのプライベートバンキング部門が、世界200カ国を超える国々の顧客の脱税を幇助(ほうじょ)していたことを示すものだった。スイス当局は、彼をデータ窃盗などの罪で08年12月22日に逮捕したが、翌日取り調べに戻る条件で解放した。すると直後にフランスへ逃亡したファルチアーニは、ニースでフランス検察を通して、情報をフランス政府に提供。フランスはスイスへの彼の身柄引き渡しを拒否し、データをもとに脱税捜査を始める。データは、アメリカやスペイン、イギリスなどへも渡り、各国の脱税摘発に貢献することになる。
 ファルチアーニ自身は、スイス当局によって国際指名手配され、逃亡生活を送ることになった。そして12年7月、フランスからスペインのバルセロナへ入ったところで逮捕、勾留される。だが、スペインでは金融情報の持ち出しを犯罪とは定義しておらず、また脱税という不正行為の告発に貢献するものとして、同年末に無罪放免となった。それは、「アメリカがスペインの司法制度を知った上で、ファルチアーニにアドバイスした」行動の結果だといわれる。
 こうしてスペインを拠点に活動することとなった彼は、13年10月、パルティードXの腐敗対策委員会への協力者として、スペインのマスコミに再登場することになる。そして翌14年に、欧州議会選挙に出馬するわけだ。
 この辺りまでの経緯は、日本ではあまり知られることがなかったが、15年2月、「パナマ文書」で有名になった「国際調査ジャーナリスト連合(ICIJ)」が同団体のウェブサイトで、ファルチアーニが提供したデータを公表すると、たちまち世界中で話題となった。欧米のマスコミは、彼を「金融界のスノーデン」とか「アサンジ」とか呼び、彼がもたらした情報を「スイスリークス」(スペインでは、「リスタ・ファルチアーニ」、つまりファルチアーニ・リスト)と名づけて報道する。

「泥棒」か「英雄」か

 ファルチアーニはなぜ、逮捕のリスクまで犯して情報を持ち出し、リークしたのか? スイス当局は、彼がその情報を売却して大金を得るために盗んだとし、あくまでも「経済スパイ」や「泥棒」という犯罪者として裁こうとしている。が、本人の主張は、それとは異なるものだ。
 16年5月、スペインの首都マドリード郊外の町、アルカラ・デ・エナーレス(『ドン・キホーテ』の作者、セルバンテス生誕の地)で、本人が直接語ってくれた経緯は、こうだ。
「情報そのものに関心があったわけではなく、(HSBCという)大企業がついているウソ、脱税の手口を明らかにしたかったんです。そのウソに関わり続けたくなかったですし。だから、具体的な証拠を示して、例えばHSBCは麻薬カルテルのための銀行だということを、証明したかった。情報を共有することでそれを達成できたことが、一番の成果だと思っています。また、情報を共有すれば正しいことが行えるということを示すのも、リークしたもう一つの理由です」
 実際、アメリカでは、この情報に基づいて麻薬カルテルの資金洗浄などに協力した疑いでHSBC銀行が司法省に告発されたといわれ、同銀行は19億ドル(約1900億円)の罰金を支払った。スペインでも、これまでに659人分の口座についての脱税調査が行われ、約2億6000万ユーロ(約312億円)の税が回収された。ちなみに日本人もリストに載っていたが、今のところ、脱税捜査の気配はないようだ。
 一連の脱税捜査を巡り、ファルチアーニ自身は今、フランスをはじめとする複数の国の税務関係機関の仕事を請け負うことで報酬を得るなどして、生活している。

ローカルな闘いでグローバルな問題を解決

著者情報

ジャーナリスト

工藤律子

くどう りつこ

1963年大阪府生まれ。東京外国語大学地域研究研究科修士課程在籍中より、メキシコの貧困層の生活改善運動を研究するかたわら、フリーのジャーナリストとして取材活動を始める。著書に『仲間と誇りと夢と』(JULA出版局)、『ストリートチルドレン』(岩波ジュニア新書)、『マラス 暴力に支配される少年たち』(集英社、開高健ノンフィクション賞受賞)、『マフィア国家 メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々』(岩波書店)、『ルポ 雇用なしで生きる スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦』(岩波書店)、『働くことの小さな革命 ルポ 日本の「社会的連帯経済」』(集英社新書)などがある。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表。

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